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シンポジウム「闘いとしての政治/信念としての政治」 レポート
ただいま編集部では『思想地図vol.5』の編集作業も最終段階をむかえております。特集は「社会の批評」。 本号の目玉のひとつが、昨年12月14日に東京大学情報学環主催で開催されたシンポジウム「闘いとしての政治/信念としての政治」の討議です。 かつて自由民主党幹事長として日本政治の中核に位置し、また数々の社会的な取り組んできた野中広務氏が登場、「政治家にとって信念とは何か」「戦後日本社会と自民党政治」などについて白熱した議論が交わされました。 今回は編集者の河村信さんに、このシンポジウムの模様をレポートしていただきました。ぜひご覧の上、3月27日発売の『思想地図vol.5 特集・社会の批評』を楽しみにお待ちいただければ幸いです。 場所は冬の東京大学本郷キャンパス、2008年に竣工したばかりでまだ真新しい印象の福武ホール。シンポジウム「闘いとしての政治/信念としての政治」を観覧した。政権交代が実現し「二大政党制の幕開け」が喧伝される今だからこそ自民党政治の担ってきた社会的・政治的意味を再考するというのが、このシンポジウムの趣旨である。登壇したのは、元自由民主党幹事長であり長年日本の政治の中核にいた野中広務氏。ドキュメンタリー作家の森達也氏。政治学者の姜尚中氏。そして司会が北田暁大氏というこれ以上ない顔ぶれの4氏だ。 講演の開始は夜の6時だが、5時をすぎたころから続々と人が来場してくる。会場には研究者や学生、ジャーナリストの姿だけでなく、普段こうしたシンポジウムではあまり見かけない一般層が見受けられる。年齢層も幅広く、このテーマへの関心の広がりを感じさせた。折りたたみ椅子まで用意され、来場者は200名を超えていたようだ。 開始時刻をむかえ、野中氏が登場すると、客席はいっせいに緊張と期待の混ざった空気につつまれる。最初は、野中氏による基調講演である。会場はすり鉢状の客席配置で、その底に演台がある。そこにひとり立ち、野中氏は力強い声で語りはじめる。 模範的な軍国少年であった少年時代。時代は大東亜戦争に入る。やがて敗戦を迎え、割腹自殺を決意した野中氏は、上官に「その勇気があるなら、東條英機に一太刀浴びせてから死ね。そうでなければ新しい日本を立て直せ」と止められ、生き延びることになる。やがて戦後の混乱と復興の中、順調にキャリアを積んでいた職場での差別、それも目をかけていたはずの人間の差別発言を知ったことから、野中氏は政治活動に向かう。 やがて話題は、政界に入ってから野中氏が下したさまざまな「決断」についてのものにうつる。清濁を併せのみながら信念を追及してきた人間の迫力からか、講演終了時には、かならずしも自民党政治に賛成しているわけではないだろう客席から、割れんばかりの拍手が起こった。観衆に直接語りかけるように発せられる野中氏の言葉は、とても84歳のものとは思えない力強さを持っていた。客席にはその野中氏以上に高齢だと思われる姿も見受けられたが、みな熱心に耳を傾けていた。 つづいて姜氏、森氏、司会の北田氏が登場し、野中氏にくわわって共同討議が始まる。まずは「政治と信念」と題されたセッション1である。 姜氏が政治学者らしい視点からシャープな質問をすると、野中氏が自分の経験に基づいた言葉で答えるという対話が展開する。そのやりとりを司会の北田氏がたくみに整理し、理論と実践の橋渡しをする名司会者ぶりを発揮して、会場の理解を助けていた。 「歴史的大敗をした自民党が復活するにためには、“保守とは何か”がもう一度問い直される必要がある」「野中さん、保守とは何を守るものだと思いますか」と切り込む姜氏に、野中氏がすぐさま「それは反戦・平和、生活だ」と応じた場面に、会場がかすかにどよめく。野中氏はシンポジウムを通して、1955年の自民党結党の理念は、「二度と悲惨な戦争を起こさないことと、中産階級の豊かな生活を拡大させることだった」と繰り返し述べていた。また歴代の内閣で「村山談話」が踏襲さていることの意義について説明し、戦後50年のという節目に村山内閣が成立したことを「天の配剤だった」と語る言葉は、たいへん興味深く感じられた。 議論はやがて、戦後体制の転換点としてこの10年の政治を位置づける北田氏の発言へとうつる。「政治の激動」「危機管理リスク政治の前面化」「東アジア関係と新しいナショナリズム」「“家族”“性”をめぐる状況」「社会問題の精算へ」という5つのポイントに整理した上で、野中氏のくだしてきた政治的な決断が、どのように今日の私たちの社会に影響を与えているかが語られていく。北田氏の説明は、背景となる時代状況、文脈との接合を理解する上でとても有益だった。 セッション1を受けて、森氏がドキュメンタリー作家らしい鋭い質問で口火を切るセッション2「社会と正義」がはじまる。「デモクラシーの暴走」「セキュリティ社会についての危惧」「ジャーナリズムの自主規制」「日本の差別」など多岐にわたりながら一貫したテーマについて、これまでオウム事件に取材してきた森氏ならではの卓見が展開され、それに対して野中氏がイラク派兵やアジア外交についてのエピソードを交えて応える。さらに、姜氏による自民党結党50年のテレビ番組での内幕話なども飛び出し、討議は大いに盛り上がった。 白熱した議論は延びに延び、終了時間を大幅に過ぎるまで続く充実したものとなった。事前に予定されていたフロアからの質疑応答の時間が足りなくなったことだけは惜しまれるが、とても手応えが感じられた。まだ名残惜しそうにしている人もちらほらと残る、熱気のこもった会場から出ると、外はすっかり暗くなっていた。年末、冬の空気が、熱気に汗ばんだ額から熱をうばっていく。さまざまな状況を呑み込みながらなされた戦後の決断の底にあった信念を、野中氏は伝えようとしていたように思う。では私たちは、この10年の間に、一体、何を決断し、何を決断しなかったのか、そうしたことを考えながら暗い石畳を歩いていると、ちょうど大学の門のところに小さな明かりが見えた。2000年代から2010年代へと移る転換期にふさわしいシンポジウムであった。 ●河村信(かわむら・まこと) フリー編集業者。『思想地図』では2号から編集スタッフ。これまで編集した本に『幸福論』宮台真司・鈴木弘輝・堀内進之介(NHKブックス)、『民主主義が一度もなかった国・日本』宮台真司・福山哲郎、『日本の難点』宮台真司(共に幻冬舎新書) 、『持ってゆく歌、置いてゆく歌』大谷能生(エスクアイアマガジンジャパン)、『国力論』中野剛志(以文社)ほか。近刊に『システムの社会理論』宮台真司(勁草書房)。 |