思想地図
西田亮介「社会変革の方法をめぐって」<前編:発表>

 今回は思想地図特別コンテンツをお届けします。『思想地図vol.2』で「〈社会〉における創造を考える」をご執筆の西田亮介氏の「社会変革の方法」をめぐる発表と、それを踏まえた討議の模様です。
 この討議は、東浩紀氏が主宰する「新批評研究会」で交わされたものです。『思想地図』をひとつの中心点として盛り上がりを見せる近年の批評・思想シーン。その中心メンバーが集まり、1〜2ヵ月に一度、都内某所で議論を交わしているのがこの「新批評研究会」です。そこには、気鋭の批評家、研究者が多数集っています。
 今回の西田氏の発表からも、「地域活性化をめぐる問題点」「地域貨幣とソーシャル・キャピタルの関係」「対抗運動の限界」「社会設計の可能性とジレンマ」「批評と実践の方法をめぐる問い」など多岐にわたりアクチュアルな議論が繰り広げられました。
この模様を、今回の<前編>と2月9日更新の<後編>の2回にわけてお届けします。
『思想地図』から展開する熱い議論をご覧ください。


1.ネットワークの理論と実践

【西田亮介】
今日、お話しさせていただく西田亮介と申します。この研究会は、批評、とくにコンテンツの批評に携わっている方が多いと認識していますが、僕は主に地域社会を舞台に研究や実践を行っている人間なので、少し系統が違うと思います。そこで、今日はまず僕が何ものなのかという自己紹介から話をはじめます。そして、簡単に自己紹介をしたのちに、「制度のオープンソース化」と「NAMの方法論的検討」という2点について話していこうと思います。話の途中で適宜、つっこみや質問を入れていただいて構いません。

さて、僕は一言でいえばサーフィンだけやって生きていたいというような人間なんですが(笑)、世の中そういうわけにもいかずいろいろとやっております。まず、来歴からお話すると、慶應義塾大学総合政策学部を卒業して、同政策・メディア研究科修士課程修了、同博士課程在学中です。現在は、政策・メディア研究科付けの助教の仕事もさせていただいております。

他には、サイバー大学、東工大などで非常勤の仕事をいただいております。それから、今年度は、神奈川県の「神奈川の協働を推進する県民会議」の委員をやっていて、NPOと自治体、企業などが社会貢献活動や地域活性化に取り組む上でバックアップする制度について審議しながら、行政がやることにお墨付きを与えるということもしています(笑)。 また、複数のNPOや商工会議所の企画立案やファンディングにも関わっています。

僕はずっとSFC(慶應義塾大学湘南藤沢キャンパス)で学んできました。大学というのは、アカデミックスクールとプロフェッショナルスクールに区分されることがあります。アカデミックスクールは、例えば「真理を探究する大学」といったイメージでしょうか。それに対してプロフェッショナルスクールは、発見された知識を使って実践を行っていく、言い換えれば高度専門職業人を養成する大学のことです。例えば学部で言えば、理学部と工学部の関係が2つの区分に対応します。社会科学で言えば、SFCや東京大学の公共政策大学院は、後者のプロフェッショナルスクールに位置づけることができます。おそらく、このような「SFC的な思考」が僕の思考のクセとして染み込んでいるので、人文社会科学系を専門にしている他の人たちよりは「実際に何かやること」に重きを置くところが自分にはあります。

仕事は、最近では地域活性化や社会起業を論じるものが多くなってきました。それから、企画立案やワークショップの仕事も増えてきました。専門は政策形成とソーシャルイノベーションですが、ここで言っている政策というのは政府が作る狭義の政策ではなく、実際に対象にコミットしながらいろいろな問題を解決していく、ある種のソリューションを組み立て行くというものです。

大きな研究テーマは「地域活性化とは何か」をあきらかにすることです。実は地域活性化って何となくイメージは出来るけれど細かい定義というのは実はあまりなされていない。国でも地域活性化が重要だということは盛んに言われるけれども、何が地域活性化かということは実ははっきり言われていないし研究者の間でも明確な定義はありません。

確かにこの問題は難しくて、単純に経済振興が地域活性化ともいえないし、同じく人口が増えれば地域活性化なのかといわれれば、これも直結するものではない。では、いったい何が地域活性化なのか。こういったことを考えています。ここでは深入りしませんが、鍵はコミュニケーションと情報、その選択過程にあるはずです。

ただ、そういうことを漠然と考えているだけではこのご時世、博士号もとれないので、より具体的には、湘南の民間と行政と中間組織――商工会議所やNPOのような組織ですね――のプロジェクトのアクションリサーチに取り組んでいます。アクションリサーチとは観察者自身が活動にコミットしながら、その経緯を記録しつつ考えていくタイプの研究手法です。その流れで、県の委員だったりNPOの運営に関わっていたりするわけです。こういう活動をしながら湘南地域の地域活性化の現状とその問題点を明らかにしつつ、政策提言に結びつけることを目下の課題としています。

ではそんな研究の学問的背景として何を学んできたかというと、社会システム理論や機能主義の社会学、ネットワーク分析などです。手法としてはファシリテーションや発想法、マネージメントです。社会システム理論というのはタルコット・パーソズからニクラス・ルーマンに引き継がれていく、システムの観点から社会について考えていくタイプの社会学理論です。ルーマンも機能主義の社会学者のひとりだと言われたりもしますが、「中範囲の理論」を作ったロバート・K・マートンなどが機能主義の社会学に該当します。こういう人たちの理論を、学部の頃から勉強してきました。

それから、修士のときに研究室でオンライン・ストアのデータ解析に関わっていました。その関係で、ノードの個別情報を排除して対象間の関係性をみていくような手法であるネットワーク分析を、ほとんど修行のような形で体得してきました。またファシリテーションや発想法、マネジメント手法も、実践を行うためのツールとして学んできました。これは主査である井庭崇先生の手法を、SAやTAを務めながら修得したものです。

修士論文はエコサーファーが運営している海岸清掃や海岸への集客増、地域の小売再生を目的とした地域通貨「ビーチ・マネー」加盟店57店に行ったヒアリングをもとにした研究で書きました。また、茅ヶ崎市役所と慶應義塾大学が一緒に事業立案する「産業活性化研究会」というプロジェクトがあるのですが、そのファシリテーションや、そこで獲得された人間関係のネットワークについての研究もやっています。

今年は平塚商工会議所の20周年事業と地域4大学(慶應義塾大学・神奈川大学・産能大学・東海大学)が一緒になって平塚に新しいブランドを作って地域活性化に取り組む「平塚スタイル創造プロジェクト」のマネジメントにも関わっていますが、これはほとんど仕事ですね。

修士1年の時には、さっきもちょっと言ったようにひたすらオンライン・ショップのデータ解析をやっていました。ここで分かったファクトを一言でまとめれば「モノの売れ方は、売れている商品自体は入れ替わるけれど、月間ベースでみても年間ベースでみてもベキ則に従う」ということです。ベキ乗分布についてごくごく簡単に言うと、ロングテールなんかの話をご存知の方もいらっしゃると思うんですが、売れているごく一部のモノはたいへんたくさん売れて、そこに入らないその他大半のものはほとんど売れていない、そういう偏りのことです。

さらにそこで、個別の商品同士の関係性についていえば、「スモールワールド性」と「スケールフリー性」というものを同時に兼ね備えたネットワークになっているということが分かりました。スモールワールド性というのは「3万件ほどの商品の関係性は、ごく小さなステップでつながっている」ということです。極端な例で言うとサーフィンをやっている人と思想を読んでいる人が、僕を介して実は2ステップでつながっているという具合に、隔たりが小さいネットワークになっている。それから、今だったら村上春樹の『1Q84』等になるのかもしれませんが、大量のエッジを持つノードがほんの少しだけあって大半のノードはほとんどエッジを持たない、すなわち平均値が意味を持たないような特性のことをスケールフリー性といいます。書籍のネットワーク、CDのネットワーク、DVDネットワークと、いずれのネットワークでも、このようなスケールフリー性とスモールワールド性を兼ねそなえたネットワークになっているということが分かりました。

【東浩紀】
それってちょうど扱っているのが本とかCDだし、よく言われている「趣味のタコツボ化」論みたいなものに対して、ちょっと違った視点を提出できるかもしれないですね。タコツボになっているんだけど実際にはスモールワールドとスケールフリーがあるのですごく簡単につながってしまうということが言えるので、うまく使うと面白いと思います。サンスティーンの本を出すまでもなく、基本的にはネットのシステムというのは島宇宙を強化するのだというのが基本的な前提で議論がたてられているわけだけど、実際には人々の動きを見るとスモールワールド性で島宇宙が適当に超えられているようだ、ということですよね。

【西田】
はい。そのように捉えることもできると思います。

【東】
僕は最近、ルソーを読んでいるのですが、一般的にルソーって評判悪い。彼の「共感」の議論というのは普通、ネーション・ステートという狭い共同体を強化するだけで普遍性を持たないと批判されています。でも、スモールワールドの話というのはその批判を突破する可能性があると思う。つまり、1ステップ、2ステップすればお互いに「共感」の境界は広がるので、「共感」が伝播して、それこそが境界を打ち破るということが、理論的に言えるのではないか。

すごいベタに言えば、「僕の知り合いの知り合いだからちょっと口利いてやって」というそういうことなんだけど。それは通常、今の世の中では悪だと思われていることです。しかしそうではなく、むしろ社会の普遍性を担保するうえでは重要なんじゃないか。つまり、「○○人とか嫌いだなと思っていたんだけど、妹が○○人と結婚して、その義弟とは仲が良い」といったことは、現実にかなりあるのではないか。そういうことが、社会の再設計にとって非常に重要だと思います。でも、普遍性を考える人たちは、「共感」とは別のところで普遍性を作ろうと思って制度設計をしている。最近そういうことに関心があって、西田さんに質問してみました。


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