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笑福亭松之助
しょうふくてい・まつのすけ
落語家。1925年兵庫県生まれ。'48年に故・五代目笑福亭松鶴に弟子入りする。以降関西を代表する落語家として活躍。俳優としても、映画「岸和田少年愚連隊〜望郷編」「学校の怪談4」などで、軽妙さと渋さをあわせもった独特の演技を披露。2002年10月からのNHK朝の連続テレビ小説「まんてん」に出演。
東 ちづる
辺見 庸
辛 淑玉
私は2001年8月に喜寿を越えました。が、「芸人に年はない」と昔から言われております。
まだ京都に演芸場があった時ですからずいぶん前のことになります。芸人は私鉄の定期券で通っておりましたが、10日替わりの出番ですから、定期券を3人で使うことにしました。つまり、1か月の定期代を会社から貰っているのですが、それが三分の一ですんで、三分の二は自分の手元に残るということを考えたのです。
70歳に近い女芸人がこの他人名義の定期を使って京都と大阪を往復していました。ある日、車内検札で車掌がやってきました。車掌は定期券を見て、それから女芸人の顔をじっと見て、「これはあんたの定期券ではありませんね」「いえ、私のんです」「嘘つきなさんな、この定期券の年齢は32歳となってますが、あんたはもう60を出てますがな」と車掌が言った途端、「ワテは芸人や、芸人に年はないということを知らんのか、そんなことも知らんと、よう車掌が勤まるなッ」、この言葉に車掌はポカンとして黙って次の車両に行きました。
この「芸人に年はない」ということが、舞台を若々しくしているのです。自分が年をとった、もう何歳になった、そんなことを思ったら、舞台でお客さんに笑っていただくことはできません。
私も町内会や市役所から「敬老の日」に贈り物をもらった時に、ああそうか高齢やねんなと思うだけで、普段年齢を意識したことはありません。年齢は私に無断で過ぎていきます。一度もこんどは何歳になりますよ、と相談されたことはありませんので、私も年齢を無視して相手にしないことにしております。というのもお蔭様で元気に生かしていただいておりますので、そ奴に構っている暇はないのです。
1995年に、「莨(たばこ)の火」という落語をやろうと思ったら、腑に落ちないところがあったので、それを自分が腑に落ちるように直しました。その時、落語を今のお客さんに分かって貰うように、そして他人がやれないように改訂しようと、意地の悪いことを思いつきました。そして、NHKメディアプランのKさんのご協力を得て、「莨の火」「お文さん」「苫(とま)ヶ島」「兵庫渡海鱶(ふか)の魅入れ」「質屋蔵」と毎年一席ずつ改訂していきました。こう言いますと簡単に改訂できたように思われるでしょうが、KさんのOKを得るのがなかなか難しく、5回も書き直した落語もありますし、Kさんに「この落語はあきらめましょうか」と言われたこともあります。が、ふと思いついたことでうまく纏(まと)まることができた落語もあります。
私は何でもかんでも改訂するというのではありません。お師匠さん(五代目笑福亭松鶴)から教えられた落語は改変しないようにしています。変えてしまったのでは、その落語の時代色、味わいというものがなくなってしまいますし、教えてもらったお師匠さんに相済まんように思うからです。
2000年から「のんきな落語会」を倅(明石家のんき)と二人で、ミナミの椅子席80のホールで年に数回やっております。お客さんは20人になったことはありません。その代わり4人のときがありました。この少ないお客さん相手に落語をやるというのは、たいへん勉強になります。「のんきな落語会」に出るために私も落語の稽古をしなければなりません。高座では1年に1回か2回しか喋らないのですから、稽古をしないことには高座も頼りないのです。
1年に1回か2回しか喋らない落語家、こんな落語家は正に珍品としか言いようがありません。高座に上がることが少ない分、ドラマに出演することが割合に多いのです。NHK朝の連続テレビ小説「まんてん」にも出演させていただいております。演出家の方に脚本の解釈を教わることができ、自分の殻が破られて新しい風が入ってきます。そのことがまた私の落語に影響を与えてくれて、私の落語には新鮮さの失われることはないのだと思っております。
ドラマの仕事をするのには健康に注意をしなければなりませんが、水泳は毎日、1キロメートル泳いでいますし、気が向いた日には河川敷を5キロメートルウォーキング、まだ気が向けばその間にジョギングをはさんでおります。この前、10キロメートルをジョギングしましたが、2時間余りもかかって、横を走っていた家内に「ジョギングやのうて地団駄踏んでたよ」と言われてジョギングはやめました。
またシ−ナリ−という軽登山の会にも入りましたが、ハイキングかと思っていたら、山肌を這うようにしてよじ登り、それから尾根のアップ・ダウンが次から次へとあって、これには正直いって降参しました。
あッ年寄りということを忘れておりました。たいへん失礼をいたしました。
※NHK「社会福祉セミナー」テキスト 2003年1月-3月号に掲載