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社会福祉セミナーテキスト
児玉 清さん

児玉 清
こだま・きよし
俳優
1934年東京生まれ。学習院大学独文科卒業。東宝ニューフェイスで映画デビュー。その後テレビドラマに出演。クイズ番組などの司会者としても活躍。エッセイやコラム、書評(とりわけ海外ミステリー)の執筆多数。趣味は切り絵で、作品集も出版している。
エッセイ・セレクション・ラインナップ
▼各分野でご活躍の方々に
ご寄稿いただいています。
以下からご覧ください。

ESSAY SELECTION(エッセイ・セレクション)
No.22 児玉 清さん
運命を決めるもの


  朝晩、時に応じてシャワーを浴びて頭髪を洗いながら、ふと想うことは、自分の頭の小ささだ。頭が小さいということは、脳ミソの容積も小さいということだろう。そこで髪を洗いながら、しきりと両手で頭蓋骨の大きさを何度も何度も確かめるのだが、やはり小さい。脳ミソの量が少ないということは、頭がそんなによくないのでは、とシャワーを浴びながらやや絶望感にもとらわれる。
  そして不遜な考えながら、かの明治を代表する、われらが憧(あこが)れの文豪・夏目漱石の、某大学に保存されていると聞く脳の容積量が何tだったかを、しきりに思い出し比較しようとするのだ。やたらと大きいほうがいいわけでもないだろうが、かといって小さ過ぎるのも問題だろう。漱石のそれはかなりの大きさだった記憶があるだけに、いまさらどうにもできない自分の脳の小ささに少々がっかりしながら、大部分を消化してしまった我が人生を想い、洗髪を終える日々なのだが……。
  ところで、今や世はコンピュータ時代。完全にその時代に乗り遅れてしまっている、いや、敢(あ)えて乗り遅れようとしている僕は、時代遅れ人間、正確には時代遅れ老人というべきだろう。数年前、チェスの世界チャンピオンがコンピュータと対戦してついに負けたと報じられたときの、「ついにその日は来たか」という、何ともいえぬ味気ない不気味な気持ちが思い出される。不快感とともに、近い将来に人間の脳は完膚(かんぷ)なきまでにコンピュータに屈服させられるのでは、などと小さい脳で憂慮した日から久しい。
  そのとき奇(く)しくも心に浮かんだのは、古代ギリシアの“A MAN'S CHARACTER IS HIS FATE”という箴言(しんげん)だ。僕の勝手な解釈では“運命を決めるのはその人間の性格だ”ということか。この言葉を知ったときのガツンと一発全身に響いた衝撃を忘れることができない。約五〇年前のことであったが、次第にこの箴言は重みを増し、半世紀を過ぎてコンピュータ時代を迎えた今、それを扱う人間の性格が厳しく問われるようになってきたことに不安を覚える今日この頃だ。
  コンピュータが、例えば0か1かの信号で事を一つ一つ分けていくように、人間が事に当たってどう対処するかの態度や考えを決めていくのは、その人間の性格だ。事に当たって勇気をもってぶつかるのか、それとも逃げるのか、または潔く事に当たるのか、それとも卑劣な方法で応じるのか。様々なケースに応じての考え方や行動の仕方はすべてその人間の性格に起因する。つまりはその人の性格がその人の宿命を決めるのだ。
  きっかけは省略するが、僕は人生のコースとして予想だにしなかった俳優試験に偶然に合格した。他社の採用試験を受けるまでの間は何もすることがない空白の時間を埋めるために、華やかな映画界なるものをちょっと物見遊山的に覗(のぞ)いてみるのも一興と、東宝撮影所と専属契約を軽い気持ちで結んだつもりだった。それがなぜ生涯の仕事になってしまったのかは、僕の性格にあった。――それは「口惜しがり」と「負けず嫌い」。
  当然のことながら、撮影所に入ったときはニューフェイスとはいえ、単なる下っ端俳優。ところが博多のロケ先で、若年スター氏から「雑魚(ざこ)」と呼ばれたときには、明確な指摘とはわかっていたが、売れていなければ人格も否定されてしまうような自分の立場に自分で憤激した。このままでは絶対やめられない、怒りと口惜しさがものすごいエネルギーとなった。しかもその怒りと口惜しさは、俳優を続けるほどますます強烈になっていったのだから、俳優業をやめるわけには絶対にいかなくなってしまったのだ。
  このことに加えて俳優という仕事は、失敗は全部自分の責任であることを思い知らせてくれた。いくら他人を責めても的外れ。敗因はすべて自分自身の能力に帰するのだから。それゆえ、うまくいかないときの口惜しさは言語に絶するものがある。しかもたとえ身もだえし、自分をいくら罵(ののし)っても決して救いは来ない。ただひたすら我が身の至らなさを思い知るだけ。そんな中で自分を助ける唯一の道があるとすれば、それはひたすら自分を磨くことしかない。どんな方法で磨くのかはわからないのだが……。
  一人で闘っていかなければならない仕事で、これほど緊張を強いられ、しかもまったく予断を許さぬ商売はないというところに僕は激しく燃えた。永遠に“口惜しさ”が解消しないうえに先の見えない、迷い込んだ俳優の道こそ、じつは僕を一瞬たりとも飽きさせず夢中にさせる、“負けず嫌い”男にとって最高ともいえる奥の深い道だったのだ。
  もう一つ俳優の道を決定づけたのは、僕の奇矯とも思える“我がまま”と“意固地(いこじ)”と“孤独癖”であった。由なき中傷誹謗(ひぼう)も受け、俳優としても個人としても孤立無援の状態に追い込まれた俳優初期の九年間で、僕はむしろ誰にも干渉されずに一人でいられることを楽しんだ。勝手気ままに面白小説の世界に心おきなく耽溺(たんでき)できたからだ。しかし心は口惜しさと怒りに煮えたぎっていたから、ますます頑(かたく)なに、俳優をやめてたまるか、と熱くファイトを燃やしていった。この姿勢を長い間守り通した末に、俳優は生来絶対に一人であるべきだと考えるようになり、東宝の専属を離れてからはずっと今日まで、どこにも属さずに一人歩きを続けている。その結果、僕にもたらされた最高の果実は、俳優としてこの上ない自由を、まがりなりにも獲得できたことだ。口惜しがり、負けず嫌い、さらには奇矯な性格が、災いとならずに絶妙に作用し、それらがすべての起爆剤となって働き、今や天職となった俳優稼業に、僕は日々、天を仰いで感謝している。

※NHK「社会福祉セミナー」テキスト 2007年10月-12月号に掲載



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