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last updated Oct.3,2002.



ゆっくり考えごとをしたいとき、ひとりになりたいとき、疲れをいやしたいとき、あなたはどこで過ごしますか。
ここでは、今、活躍している方々がそんなときに過ごすお気に入りの場所をお教えします。


NHK朝の連続テレビ小説『さくら』の脚本家、田渕久美子さん。
千手観音像、渋草焼きの湯飲み、海の見えるホテルの部屋、そしてミョウガ(!)。
自分を楽にさせる、気持ちよくしてくれるものが、執筆を助けてくれました。






 私の場合は、シナリオ学校で生まれて初めて書いたものが認められて、2作目でお金がいただけるようになったんです。でもすぐに、何を書けばいいのか、どう書けばいいのかわからなくなってしまって――。
 自分に見えている世界と、実際に書けるものとの間にギャップがあったんですね。書くためにはそのギャップを埋めるしかない。でもそれが見えない。
 それで一度はこの仕事をやめようと思い、アルバイトをしたり、自分で会社を作ったり、作詞の勉強を始めたりもしました。でも、33歳の頃でしたか、結婚もして、それまでのこと、これからのことを考えたとき、やはり自分は書くことから逃げたんだと、今日から逃げるのはやめようと決めたんです。
 そうしたら、不思議ですよね、翌日すぐに疎遠になっていたある制作会社から仕事の依頼が来た。それがかなりキツイ仕事で、その上すぐに妊娠していることがわかったりして大変だったんですが、でももう逃げないと自分に約束してしまった。書き始めるしかないと思いました。
見えているものと書けるものとの間にあるギャップ、その埋め方がわからない……。
一度は執筆活動をやめようと思った。





自分をいい気持ちにさせてくれるもの、自分の気持ちを楽にさせることが、私を「書くこと」に向かわせる。

 その後、脚本家として、また人間としてある程度の経験も積み、以前よりはさまざまなものが見えてきたものの、それでも、書くということに喜びは見いだせませんでした。見えているものと書けるものとの間のギャップは相変わらずありましたしね。
 そんなところに『さくら』のお話です。お引き受けしたら“地獄”を見ることはわかっていました。責任は重いし、1年近く、締め切りに追われる暮らしにもなるわけですし。でも、だからこそ、何か見えてくるものもあるのではないかと思いお引き受けしました。もう逃げないという自分との約束もまだ生きていましたしね。
 現実に書き始めてみて、大変は大変だったんですが、でも、書いているうちに私にとってある重大な発見がありました。
 それは、自分の気持ちを楽にしてやること、いい気持ちにさせてやることが、あのギャップをある程度埋めてくれ、私を書くことに向かわせてくれるのではないか、ということでした。
 自分にガマンをさせないこと、と言ってもいいですね。
 そこで、プロデューサーの方には、「締め切りの大変さはわかっているけど、でも、できるだけ私を追い詰めないでね」とお願いしたり、明日できそうだと思っても、1日余裕を置いた明後日にお渡しできるかな、なんて言って自分に「安心」を与えたりしていましたね(笑)。
 心地よい環境の中に身を置くこと、自分を安心させること、そして、自分にガマンさせる必要がなくなったとき初めて、書きたいなと思える。自分にだけ見えていたものを、一つの作品にまとめ上げることができるようになるということがわかったんです。これは本当に、『さくら』を書くという“極限の仕事”(笑)をさせてもらったおかげだと思います。




 『さくら』執筆中のいやしグッズの一つは、「千手観音像」です。清水寺のそばの仏具屋さんで買いました。私はお守りのたぐいはなくしたときに胸が痛むので持たないんですが、これはふっと目が合ってしまって、買わなければという気持ちになりました。書くのに疲れたときなど、心が向いたときに、開けてながめています。
 それから「渋草焼きの湯飲み」。渋草焼きというのは『さくら』の舞台になった飛騨高山の焼き物で、大きなものはお高いんですが、この湯飲みは何とか買うことができました(笑)。もともと焼き物を見たり、触ったりということが好きだし、何にせよ、好きなものを身近に置くことが好きですね。そうするとそういうものと“気が交流する”というか、とてもいい気分になれるんです。
 そして「ホテル日航東京」のこの部屋。『さくら』の執筆が佳境のときは、1週間から10日はこの部屋にこもって書いて、4〜5日自宅に帰るという日々でした。
 このホテルは全室テラスがあるので、窓が開いてテラスに出られるところがいいですね。しかもこの部屋はお風呂にも窓があって、お風呂に入りながらレインボーブリッジの夜景をながめることもできるんですよ。ライティング・デスクも広くて書きやすいし。この部屋は家族旅行で来て、一度で気に入り、何年か前からずっとお世話になっています。私は「非日常」の中で書くタイプなので、『さくら』のような長丁場のものを書くときには、特にこういう部屋が絶対に必要ですしね。
 でも、『さくら』を書くための究極のいやしグッズを一つ挙げよと言われたら、それは「ミョウガ」だと思います。
 1年ぐらい前、ちょうど『さくら』を本格的に書き始めた頃、突然無性に食べたくなって、それから毎日、冬でも、食べない日はないというぐらい食べ続けています。
自分でも、もう「好き」というのを超えていると思いますね(笑)。ホテルで書いている間も、バイク便で送ってもらっていました。大葉といっしょに刻んで、ちょっと氷水にさらして、いただく。とてもおいしいんですよ。
 『さくら』はミョウガとともに書いた作品と言ってもいいくらいです。
「千手観音像」「渋草焼きの湯飲み」「お気に入りのホテルの部屋」……。
いろいろある中で、究極のいやしグッズは、「ミョウガ」!






自分に見えているものをできるだけ伝えたい。
『さくら』を愛してくださる方たちにより楽しんでいただきたい。
『さくら とっておきの話』は、そんな気持ちを込めて書きました。



撮影/HARUKI
取材協力/ホテル日航東京 (デラックスハーバービューの部屋)
 『さくら』は、私にとって実に大きな作品ですが、出来上がった脚本について言うと、書いているとき自分に見えていたものをすべて表現できたわけではありません。脚本は、もちろん書いているときは全力投球するのですが、でも、出来上がったものに関しては、ある意味、別のものになっているとも言えます。プロデューサーや演出家をはじめとするスタッフ、キャストの方々の表現が込められて、ようやく完成した作品になるわけですから。
 でも、それではある種の「寂しさ」もあります。それで、というわけでもありませんが、『さくら』の放送と同時に、自分のホームページを立ち上げて、そこに、ドラマと同時並行で、『さくら』執筆のサイド・ストーリーを書き始めました。この回は、実はこういう事情の中で書いた、あのセリフには実はこんな気持ちも込められていた、時間の都合でカットになってしまったけれど、本当はこんなシーンもあったという内容です。それが、『さくら とっておきの話』という本になりました。
 『さくら』というテレビドラマを見て、ある種の共感を持ってくださった方々には、この本を読んで、別の視点から『さくら』を追体験していただけたらと思います。
 それから、私のホームページには、一日に多いときには3万件を超すアクセスがあって、中にはいろいろと感想などを書き込んでくださる方たちもいらっしゃいました。この本は、そんな『さくら』をかわいがってくださった皆さんへの感謝の気持ちも込めて書きました。
 楽しんでいただけるとうれしいです。


 
田渕久美子 Tabuchi Kumiko

1959年島根県益田市生まれ。勤めのかたわら通っていたYMCAのシナリオ教室で書いたものが認められ、'83年、アニメのシナリオ『ミームいろいろ夢の旅』(TBS)でデビュー。以後、『勝利の女神』(関西テレビ)、『彼女たちの結婚』『ニュースの女』『殴る女』(フジテレビ)、『定年ゴジラ』『さくら』(NHK)などの連続ドラマの脚本や、春風亭小朝の落語『嗤う伊右衛門』の台本などを担当する。『さくら とっておきの話』(NHK出版)は、ドラマと同時進行でインターネットで発表した“裏話”日記。

[田渕久美子さんのホームページ]
http://www.tabuchi-kumiko.net/






ホテル日航東京

[問い合わせ先] 電話:03-5500-5500
[住所] 〒135-8625 東京都港区台場1-9-1

「ホテル日航東京のホームページ」
http://www.hnt.co.jp/





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田渕久美子(脚本家)著
定価:本体1,200円+税


NHK朝の連続テレビ小説「さくら」の脚本家、田渕久美子が明かす、ドラマの舞台裏。ドラマの立ち上げから決定までの秘話や、思い出のあのシーンに寄せる思い、また自らの育児と仕事を両立することの苦労話などがコミカルにつづられている。連続テレビ小説を別の角度からもう一度楽しみたいあなたへ贈るエッセイ集。



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