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最後のプロローグ
マリアは寝付けなかった。
幼いきょうだいたちはぐっすり眠っていて、規則正しい小さな寝息がスウスウと聞こえてくる。そのかすかな寝息すらもマリアには耳障りで、その音から逃れようと頭の向きをいろいろ変えてみたが、すぐにまた耳に忍び込んでくるのだった。
眠れない理由は分かっていた。
マリアはそっと視線をそちらに向けた。
ドアの輪郭が、漏れてくる光で四角く輝いている。
ドアの向こうではまだ祖父母が起きていて、内容は聞き取れないが、誰かとボソボソ話をしているのだった。
話は時々とぎれ、静かになる。が、またしばらくすると誰かが話し始め、長いあいだ話し声が続くのだった。
相手は分かっていた。
昨日、ふらりとやってきた、あの二人組のお客さんだ。
マリアの家は、小さな宿屋である。この、高い山々の連なる国の、不思議な地形をした谷底の、四角い形をした古い集落で、インカの昔からずっと、三方の山沿いの街道をやってくる旅人たちを泊めてきたのだ。
宿は、いわば村営のようなものだった。代替わりする時は、村の長老が次の主人を指名するのである。マリアの両親は宿を継ぎたがっているけれど、長老たちはそれを渋っているようだった。「あの二人は欲が強過ぎて、秘密を守れない」と誰かが言っているのを聞いたような気がする。
マリアの両親は、宿の隣に村で唯一のインターネットカフェを経営していた。ここ数年、世界中からさまざまなお客が村を訪れるようになり、店の利用者はかなりの人数になった。川下りやトレッキングのツアーガイドの紹介や、マウンテンバイクの貸し出しなども行っている。両親は、店を大きくし、ホテルにしたいらしい。
マリアは、ヨーロッパからやってきた鼻の長い大きな人や、アジアからやってきた黒い髪の女の子が、あの四角い箱の前に座って文字の書かれた板を器用に叩くのを日がな一日眺めていた。店の前では、半分飼い犬、半分野良のような黒い犬がぺったりと寝そべっていて、時折入ってくる客に思い出したように尻尾を振る。
昨日の午後、俄かに空が暗くなった。この辺りではよくあることで、谷間を縫って吹いてくる風が集落でぶつかりあい、山を這い上がっていく時、急に天気が悪くなる。
遠雷が、山肌に沿って響いてきた。
マリアはじっと店先に座って空を見上げていた。
一瞬、空が光り、世界が白くなった。
その時、店の中の二つの四角い箱に、パッと火が灯った。
いつもは山の写真なのに、文字通り、ゆらゆらと揺れる炎の映像が両方の画面に浮かんだのである。
マリアはあれっ、と思った。映像はざらざらしていてあまりはっきりとは見えなかったが、炎の中で逃げまどう人々の姿を見たような気がしたのだ。
そして、気が付くと、二人の男が入口のところに立っていた。
がっちりとした色黒の、漆黒の目をした男たちは、犬よりも前の、戸口の内側に立っていた。誰かが来るといつも吠える犬なのに、いつのまにここに来ていたのだろう。
男たちは奇妙な目で、店の中を見回していた。四角い箱の画面は、元通り、山の写真に戻っている。
「違う、隣だ」
男の一人が囁き、二人は出て行った。マリアがその姿を目で追うと、二人は祖父たちの宿屋に入っていくのが見えた。
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