それから6年の時が流れ、トンイは成長した息子のクムと高台に座り、遠くに見える宮廷を眺める。そのハン・ヒョジュの後ろ姿には、母のたたずまいが宿っていた。若くして挑む初めての母親役を心配する声もあった中、彼女は女優として目覚ましい成長を遂げていた。
　「“母”という未経験のことを表現するにあたっては、とにかく自然体であることを心がけました。トンイは回を重ねるごとに、淑媛、淑儀（スギ）、淑嬪（スクピン）と立場が変わっていきますが、その流れの中で少しずつ母になることを受け入れていけたような気がします。そしてなにより、クムを演じたイ・ヒョンソク君が本当に可愛らしくて、実際にこんな息子がいたら、と思ったくらい。その気持ちが、演じるうえで大きな助けになりました。ヒョンソク君は大人と同じ厳しい撮影スケジュールの中でも、文句ひとつ言わず健気に頑張ってくれました。彼のおかげで私の演技も自然に見えたのではないでしょうか。撮影が終わるころには随分と仲よくなって、『お母さんよりもトンイママのほうが好き』と言ってくれて。その言葉には感激しちゃいました。思い出したら、ヒョンソク君に会いたくなってきちゃったな（笑）」
　

トンイとして生きた時間が自然に彼女を母へと変え、イ・ヒョンソクの愛くるしさが彼女の母性をさらに引き出したのだろう。撮影当時23歳だったが、「ハン・ヒョジュの母親ぶりはあまりにもすばらしかった」と、イ・ビョンフン監督も惜しみない賛辞を送る。
　トンイという女性の生き方をどう思うかという問いを投げかけると、「演じながら『私だったらそうはしないのに』と思うこともあった」という答えが返ってきた。
　「初めは、いつも遠回りをして困難な道を選ぶトンイをもどかしく思ったり、切なく感じたりしていたんです。でもしだいに、『トンイはそういう人なんだ、それでいいんだ』と思えるようになりました」
　絶え間なく権力争いが繰り広げられる宮廷で、トンイは常に安易に権力を行使することなく、自分が正しいと信じたことを貫き通す厳しい道を選択してきた。
　「トンイという人物は、自ら何かを成し遂げたというよりも、彼女自身の持つ公正な考え方と他人に対する思いやり、そして、その賢明な生き方によって多くの人々から愛されて生涯を全うした、本当に幸せな女性だったのではないでしょうか。私もそんなトンイのようでありたいと思います」
　最終回のラストシーン、自分を呼ぶ粛宗の優しい声に、トンイが笑顔で振り返る。トンイの生き方を見て育った息子・延君（ヨニングン）が朝鮮王朝第21代王・英祖（ヨンジョ）となり、名君としてその名を歴史に残したように、トンイは、ドラマを見た人たち皆の心にも大切なものをたくさん残してくれたに違いない。そのことを物語るような、最高の笑顔だった。
　出演を振り返り、ハン・ヒョジュは「自分を好きになれた」と語った。
　「事前の準備を含めた10か月間、私はいつもトンイとともに過ごしていました。ひとつの高い山を越えることが今回の挑戦だと思っていましたが、頂上に着いたと思うとまた新たな山が目の前にそびえていて、私自身との肉体的、精神的な闘いの連続でした」
　それまでは困難を前に思い悩み、押し寄せる後悔の念に苦しんだというハン・ヒョジュだが、後悔したくない一心で、今回の闘いに「勝ってみせた」のだという。
　彼女の勝利は、周囲の評価によっても裏づけられる。昨年末の「ＭＢＣ演技大賞」で、ハン・ヒョジュは人気賞と大賞をダブル受賞し、「トンイ」は他の競合作を大きく引き離して「今年のドラマ」に選ばれた。また2011年５月に行われた「百想芸術大賞」でも、ハン・ヒョジュはテレビ部門で女性最優秀演技賞を受賞した。前年に韓国で放送されたすべてのテレビドラマの中で、最高のヒロインという評価を手にしたのだ。
　「『トンイ』を演じて成長できたと思います。『結果はどうあれ、やり切ったね。おめでとう』と自分を褒めることができるようになったのが、いちばんの変化かな」
　自分で言うのは恥ずかしいけど、とハン・ヒョジュは人懐こい笑顔を浮かべて言った。しかし、確かな演技力とそれに見合った評価を手に入れた彼女の横顔は自信にあふれている。20代のうちに情熱的なラブストーリーを演じたい、アクションにもチャレンジしたいと、作品に向かう意欲も旺盛だ。名実ともにトップ女優となったハン・ヒョジュだが、彼女の挑戦はこれからも続いていく。