名もない巫女として8年間を過ごしたヨヌは、フォンによって、月を意味する“ウォル”という名を与えられ、厄受けの巫女としてフォンのそばで仕えるようになる。ヨヌを失った苦しみを胸に秘め、宮廷の中で心を閉ざす若き王の寝顔を見たとき、ウォルは王との接触を禁じられているにもかかわらず、その額にそっと手を伸ばす(第8回)。
「幼いころ、ふたりは心を通わせ、惹かれ合っていました。その記憶はなくても、そのとき、ウォルにとってフォンの痛みは彼女自身の痛みだったのです」
ヨヌに似たウォルに、この世のつらさから解放し、心に巣食う苦しみを消してくれと求めるフォン。フォンの苦痛と疲労を癒やそうとするウォル。だが、彼女はときおり蘇るヨヌの記憶に当惑し、同時に、フォンに惹かれていく自分の気持ちに苦悩する。
「フォンが自分にヨヌの面影を重ねていることがわかった当初、ウォルは戸惑ったのではないでしょうか。ですが、自分が大切な人に似ているという理由だけであっても、フォンに癒やしのときが訪れるならそれでいいと、考えが変わっていったのだと思います。そんなウォルの気持ちには、同じ女性としてとても共感できました」
人形劇を観ながら、フォンがウォルにヨヌへの思いを打ち明けるシーン(第11回)や、「この混乱した感情がなんなのかわかるまでは、勝手に私から離れるな。王命だ!」というセリフ(第12回)をはじめとして、ウォルとフォンのシーンには、胸のときめく名シーンがたくさんあるが、意外にもハン・ガインの印象に残っているのは別のシーンだという。
「フォンとただ一緒に歩くシーンが好きです。言葉を交わさなくても、淡々と流れていく時間が素敵だなと思うんです」
第14回のラスト。太陽と月が重なる日食の最中、ついにウォルがすべてを思い出す瞬間が訪れる。隠月(ウノル)閣に閉じ込められたウォルの脳裏に、フォンへの思い、家族との悲しい別れ、巫女になったいきさつなどが、次々とフラッシュバックする。ハン・ガインは鬼気迫る演技で、苦しみもがき、泣き叫ぶウォルを演じた。
「出演を決めたときから大切に思っていましたし、たくさんの方が、そして私自身が心待ちにしていたシーンでもありました。撮影自体、最も時間をかけて撮ったので、今もいちばん思い出に残っていますね」
記憶が戻ることを起点に、物語は大きく転換するが、ハン・ガインには思ってもみなかった事態が訪れる。
「ウォルを演じていて、記憶さえ戻れば苦しみから解放されるだろうと想像していました。でも、また別の苦しみが待っていたんです。第15回に父、ホ・ヨンジェの墓参りをするシーンがありますが、大好きだった父が亡くなったと知らずにいたことを悔い、わびるこのシーンは本当に胸が痛んで……。天が崩れ落ちてくるのではと思うほど、悲しい気持ちになりました」
記憶を取り戻したのち、ヨヌ/ウォルの顔つきや声は、それまでのものとはがらりと変わる。
「すべてを知ってからは、以前のウォルのようではいられなかったはずです。厳しくならざるをえなかったと思うんです。年齢設定が若かったので、それまで高めの声を出すようにしていたのですが、記憶を取り戻してからは、私自身の低めの声質を生かして演じました」
外見とのギャップからコンプレックスに感じているというハン・ガインの中低音の声が、巫女としての神秘性に加え、真実を知ってもすぐにはそれを明かさないヨヌの聡明さと強い覚悟をよく表している。
「私だったら、すぐにでも真実を明かして、復讐したいと思ったはず。自分を悲劇に導いた人たちを理解し、広い心で包み込もうとしたヨヌはすごい女性です。私はヨヌに比べて器が小さいなと思いました(笑)」
撮影が行われたのは寒さの厳しい真冬のころだった。冬が近づくと、ハン・ガインは当時を思い出す。
「大変なハードスケジュールと寒さに、撮影中は体力がついていかないこともありました。3日間、顔さえ洗えないときもあったほどです。凍傷になる寸前の寒さで、ロケのときには使い捨てカイロを数十個、顔以外は隙間がないくらいに貼りつけていました。それで低温やけどをしてしまった跡が今でも残っているんです(苦笑)」
マイナス20度の気温の中、セリフを話すキム・スヒョンとハン・ガインの口元からは、龍が炎を吐き出すように白い息が出ていたというから、撮影環境がいかに厳しかったかが想像できる。
本作の撮影を終えてからは、ハン・ガインは女優業を小休止して、家を守り、結婚9年目を迎えるパートナーを支えることに多くの時間を費やしてきたという。
「でも、家にいると一日があっという間に過ぎていってしまうんです。また冬がやってきて、そろそろ私の出番かなと思いますね(笑)」
充電期間を経て、穏やかな笑顔で「30代の今よりも、40代になるのが楽しみ」と語るハン・ガイン。10年後、20年後には、どんな円熟した演技を見せてくれるのだろう。女優として成長を続けるハン・ガインから目が離せない。