Talks 恩田陸×大里智之 「NHKスペシャル 超常現象 科学者たちの挑戦」出版記念 特別対談〔後編〕

NHK出版 Webマガジン

「超常現象を研究する」ということ

大里 科学者の中には、自分が体験してしまったという理由で研究を始めてしまった人がいます。今回の本にも出ていますが、臨死体験を経験してしまったエベン・アレザンダー博士とか。
恩田 本がベストセラーになっていますよね(『プルーフ・オブ・ヘブン〜脳神経外科医が見た死後の世界』)。
大里 科学者が体験してしまったら、自分をごまかすことができないから、その原因をつきつめようと、研究せざるを得ない例が多いみたいですね。
 あと、こういう研究をやっている科学者は、どうしてもよそからつつかれるんです。だから、研究もものすごく綿密にやっているということがありますね。条件設定を密にして、普通の学者以上に隙がないように実験や研究している印象があります。
 だから、本流にならないのは分かっているけれど、ここまで隅に追いやられなくてもいいのになとは思います。かわいそうなくらい追いやられているのが現状ですね。
写真2恩田 どうしても基礎研究など、お金と時間がかかる研究をやらないという風潮があるように思うんです。すぐに結果を出さなければいけない、と世間は世知辛いですよね。私の知り合いの科学者は、「こんなのいったい何の役に立つのかな?」というものを研究している人ばっかりですけどね(笑)。でも、それってすばらしいことだと思うんです。「オール・オア・ナッシング」の世界はつまらないので、研究にしても何にしても、いろいろなことが生き延びられるようにしないとね。
大里 超常現象の研究の難しいところというか、誤解されやすいところというか、危ないところというか。それは、すぐに、超常現象が、「あるか」「ないか」という議論になりがちなところなんですよね。何度も言うように、超常現象があったとしても、今は説明できないだけの物理現象であって、決してオカルト的な現象ではないはずなんですよ。 だから、科学者が、もし超常現象が「ある」と言ったとしても、それは「未解明の物理現象がある」と言っているだけのはずなのに、「オカルトがある」と言っているように誤解されてしまいやすい。これは、科学者にとっても全く本意ではないし、変に利用される危険性がある。超常現象を研究している科学者たちは、この点を常に注意しておく必要があると思うんです。 科学者としては、「ある」か「ないか」より、もしあるとしたら、どうしてそんな現象が起こるのか、その合理的な原因の解明に興味があるわけですが、そこのところを飛び越えて、「ある」のか「ない」のかと、どうしても問われてしまいますからね。
恩田 結局、「信じているんですか?」「信じていないんですか?」という2つの選択肢、二元論に行き着いちゃうんですよね。
大里 そうなんですよ。でも本当は違うと思います。無条件に信じ始めたら、これは、本当に危険なことです。
恩田 結局、みんな不安なんだよね。
大里 今回、その危険性は番組や書籍では、最大限払拭したつもりなんですけどね。そのように見てもらえるとうれしいです。ただ、知り合いなんかには、「夢壊すな」とも言われましたけど(笑)。「いずれ、すべて科学で説明できる」って言われるとさみしいみたいなね。生きていく上のモチベーションとして、「死後の世界があったら……」と考える気持ちはわかる。でもそこは、冷酷に「ない」、と。
もしかしたら、「超常現象」という言葉が悪いのかもしれない(笑)。キャッチーだから、タイトルには使っているけど、実は番組本編の中では、あまり「超常現象」という言葉を使わないようにしたんです。なるべく「不可思議な現象」と言い換えるようにしました。
恩田 あ、そうですよね。
大里 「超常現象」と言ってしまうと、言葉のイメージで、「オカルト的な世界が存在する」とどうしても聞こえてしまう。だから、「現代の科学で説明できない現象があるんですよね」と置き換えることが重要なんです。
 今回の番組と書籍は、かなり慎重に作ったつもりです。
恩田 一切煽りなし(笑)。
大里 そうです(笑)。
恩田 本を読んでいると、「お!」という事実が判明したりするんだけど、その後の、地の文では冷ます方に行くんですよ(笑)。「超常現象が存在しました!」というカタルシスを得るための本ではないから、しょうがないか。でもそれはきわめて正しい態度だと思いますけどね。

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