TOPICS Interview 熊谷敬太郎 新刊「吼えよ 江戸象」を語る

写真 川端×熊谷 宏
last updated Apr.1,2016.

出版プロデューサー・川端幹三さんとの対話を通じて、熊谷敬太郎さんの新刊『吼えよ 江戸象』について話をうかがった。

川端 象が登場するスケールの大きい物語ですが、なかでも象が天皇に謁見するのに従四位という冠位まで授けてしまうのには驚いた。世界でも動物に勲章をあげたなんて例はないんじゃないですか。
熊谷 これは史実として歴史に残っています。ちょっと無理やりな感じもしますが、日本人が動物を愛する国民性が表れているんじゃないかと思います。ここで天皇と江戸象一行の仲立ちをするキャラクターが必要で、柊宮という若い公家が登場します。従四位も彼が取り継ぐのですが、ヒロインの千代に惹かれたり、書いていていちばん楽しいくだりとなりました。
川端 そのヒロインの千代ですが、安南からやってきた象と精神感応みたいなことができてしまうというのはどういう着想だったんでしょうか。
熊谷 象は口をきけないのでその代弁者として千代に象の気持ちを代弁させたかったのです。これは自分が動物と接していて近い体験があり、その延長上の創作です。千代は両親を失った孤児であり、象もはるばる海を渡ってきて牝象に死なれ、いわば天涯孤独な存在。そうした不幸な子供たちの物語という読み方もできると思います。
川端 その孤独な象がときに「パァーオ」と吼える。そこが痛快で面白い。
熊谷 象の吼える声は、どう表現したらよいか悩みました。いろいろな資料映像などで研究して表現しました。さらに鼻や仕草で感情を表現したり、眼で語りかけたり、書いていく中で勝手に動き出していきました。
川端 吉宗が象を牽き連れてまいれ、と命じたのはどんなことを意図していたんでしょうか。
熊谷 この小説は、動物を愛する人間性がテーマとなっています。吉宗は財政引締の改革で知られていますが、象を安南から連れてくるのはかなりの経費がかかったわけで、まあ無駄づかいといえないこともないプロジェクトでした。しかし、天災の影響で飢えたり、財政引締で景気が悪い世相を、象ご一行の江戸道中を民衆が見ることで明るくしようという意図があったと思います。日本人は古今、動物を愛でる国民性で、文学や絵画にも多く登場します。食うや食わずの生活をしていても、愛すべき動物がくれば餌を与えてしまう。そういう民衆が、象という巨大な、しかし愛らしい動物を見たときの気持ちは、想像するに、今でいえばディズニーランドに行ったような気分になったことと思います。
川端 熊谷さんは執筆にあたって、現地を訪ね、歴史資料に可能なかぎりあたって書く方ですよね。今回はいかがでしたか?
熊谷 さまざまな偶然の出会いがあって象の史実を知り、調べていくうちにのめり込んでいきました。書きながら自分でもわくわくして筆が進みました。小説中で描いた場所も実際に行ってみたのですが、とくに驚いたのは箱根越えの「薩埵峠」です。東海道五拾参次でも難所で知られています。旧道に行ってみると人ひとり通るのがやっとで、すれ違うのもヒヤリとするような道幅でした。ましてやここを象が歩いたなんて信じられない。さぞや象使いの方々は神経をすり減らして渡ったんだろうなと想像しました。また、起宿で、大名行列と遭遇するくだりがあるのですが、その事件も起町(愛知県一宮市)の歴史資料館に資料として残されていて、細かな描写で描かれていたことに驚かされました。日本人のなんでも記録に残そうという几帳面さに助けられました。
川端 なるほど、そういうリアリティが小説にも深みをもたらしているのですね。また巻末に「後日譚」があり、江戸象のその後が歴史的に語られています。併せて読んでいただくと、また違って見えてきます。みなさんも江戸時代に思いを馳せて熊谷さんの物語を楽しんでください。
写真 熊谷 敬太郎(くまがい・けいたろう)
熊谷 敬太郎(くまがい・けいたろう)
1946年東京生まれ。学習院大学経済学部卒業。広告代理店・大広勤務の後、雑貨製造輸入会社経営。著書に『ピコラエヴィッチ紙幣』(ダイヤモンド社・第2回城山三郎経済小説大賞受賞)、『江戸湾封鎖』(幻冬舎)、『悲しみのマリア』『華舫』(NHK出版)など。

写真 川端 幹三(かわばた・みきぞう)
川端 幹三(かわばた・みきぞう)
1943年東京生まれ。東京外国語大学卒業。講談社に入社し、「小説現代」編集長、文芸出版部長などをつとめ、38年間、文芸出版にかかわる。渡辺淳一氏の『失楽園』、宮城谷昌光氏『重耳』などをはじめ、伊集院静氏、隆慶一郎氏らの出版刊行に力をふるう。現在、出版プロデュース「川端幹三事務所」を営む。

吼えよ 江戸象

熊谷敬太郎 著
本体2,200円+税
四六判上製・480ページ
好評発売中
将軍吉宗の時代。シャム国から取寄せた象を長崎から江戸まで移送せよとの命がおり、象使いの少女・千代と、本道医・豊安の長い旅路が始まった。神経質な象のために道中は掃き清められ、橋には苔が敷き詰められるなど街道筋の村々は大わらわ。吉宗の鼻をあかそうとする一群も暗躍。はたして、無事、象は江戸にたどり着けるのか…。
吼えよ 江戸象
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