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特別寄稿

出向、早期退職、役職定年……
55歳の危機を突破して、後半生を幸せに生きるコツ
齋藤 孝(明治大学文学部教授)

最終更新日 2019.04.26

人生最大の転機が訪れるのが55歳。“仕事第一”の生活をまだまだ続けるか? それともギアチェンジして、新しい生き方に挑戦するか? 齋藤孝氏が教える、これからを幸せに生きるためにいちばん大切なこと。

写真=丸山 光

 55歳頃になると、社会における立ち位置について、変化が現れてきます。
 その最大のものが、「暇になる」ということです。
 「それどころか、近頃ますます忙しいよ。暇があったらどれだけいいことか」
 「まだまだ働き盛りなのに、寂しいことを言わないでほしい」
 そう反論される方も多いでしょう。確かに企業の中でリーダーシップを発揮して、重要な仕事をこなしている55歳前後の方が大勢いらっしゃることに異存はありません。
 しかしそういう方でも周囲を見渡してみるとどうでしょうか。
 昔から会社員生活の転機として、出向というものがありました。「片道切符」を渡されてそれを打診されるのが、だいたい50代になってから。また厳しい市場競争のなかで、大企業の早期退職募集の話はよく報じられますが、募集の対象となる中心は50代です。
 最近では役職定年といって、一定の年齢に達すると管理職から外れなければならないという制度を採用する企業が増えています。そうなると、年下の元部下から指示を受けるような立場になるわけですが、この役職定年の対象となるのもやはり55歳頃です。
 さらに、今は選択定年という制度を導入する企業もあります。これは、業績悪化などの際に臨時で募集されるのではなく、あらかじめ制度として設けられているもので、会社員がある年齢に達したら、割増退職金を得て自分の意志で退職を選ぶことができるというものです。
 こうしたいろいろな選択肢が与えられる中で、それまでの仕事一辺倒の生活スタイルを変えることを余儀なくされている方が大勢いらっしゃるはずです。
 それに、バリバリやっているという方でも、「そういえば前に比べれば自由な時間が増えたなあ」という方も多いのではないでしょうか。自分の裁量で仕事を進められるようになり、上司の指示に従っていたそれまでと違って、時間に融通を付けることができるようになっているからです。
 暇になるとはゆとりができるということでもあります。これまで忙しさを言い訳にして、取りかかれなかったことにチャレンジする、またとない機会がめぐってきたと言えるのです。これを生かさない手はありません。


 ついに手に入れた自由な時間をどうやって過ごせば、人生を充実したものにできるのか――。
 単純に言ってしまえば、やらなければならない物事に1・2・3と優先順位を付けて、その順番にやっていけばよいのです。
 悲しいことに自分が死ぬ時期は分かりません。であれば、とくに55歳を過ぎた頃からは、好きな物事を優先して実行していくほうがいいでしょう。
 仮に、ある日に優先順位の1と2はできたけれど、3までたどり着けなかったとします。そうしたら、翌日にまた1・2・3と順位を付けて、改めて1から順番にやっていく。前日の3が必ずしも翌日の1である必要はありません。
 そしてまた次の日も、同じように順位を付けて、1からやっていく……。これを繰り返していけばいいのです。次第に、自分にとって優先されるべきは何なのか、分かってくるようになります。
 55歳は、自分自身で物事の優先順位を決められるのです。言い換えれば、自分で自分の時間割を決めていい年齢だとも言えます。
 学校に通っていた頃は、時間割が明確に定められており、その通りに活動することを求められました。
 社会に出てからも、会社勤めをしていれば、日中の仕事の時間は、会議や顧客訪問など、細かいスケジュールがあります。また子育て中、とくに子どもがまだ小さいうちは、生活の時間を子どもに合わせなければなりません。
 それらは、他者との関わりのなかで否応なく決められる時間割です。
 しかし55歳からは、強制的に時間割を与えられることはもうありません。仕事でも生活でも、自分で決めることができるのです。
 55歳の時間割のいいところは、嫌いな教科はやらなくていい、つまり好きな教科だけやって構わないということです。喩えて言えば、体育の好きな人は1日中体育、数学が好きな人は1日中数学ができるようになるのです。


 私は前日に起こったことを説明するときに、「このあいだ」と言ってしまう癖があります。決してとぼけているわけではありません。それが昨日のことだったとは理解していても、感覚として遠くに感じられるのです。3日前のことに至っては、はるか前のことのような印象です。
 それはおそらく、私が1日に予定をいくつも入れているからだと思います。たとえば私は、仕事の後の夜の時間にも、ポンポンと予定を入れてしまいます。
 ある日大学の講義が午後で終わったとすると、外出して映画を観たり、カフェで本を1冊読んだり、ジムで汗を流したり、あるいは知人との会合の席に出たりします。
 さらに帰宅後の深夜は、録画しておいた海外ドラマや、欧州サッカーの生中継をテレビで堪能します。
 こうして予定をポンポンこなして過ごしていると、同じ1日でも人の2倍も3倍も濃く生きたような気になるのです。読者の方にも実際にやっていただけると、前の日のことでもすごく遠くに感じられるという私の感覚が、分かってもらえるのではないでしょうか。
 「年を取るにつれて、1年が経つのが早くなってきた」
 そう言う方は多くいらっしゃいますが、失礼ながら、私には同意できません。私はむしろ、年齢と共に時間が経つのがどんどん遅くなっているのです。
 「1年が経つのはこんなに遅いのか」
 いつもそう感じています。
 1カ月前がものすごく遠くに感じられるという私の実感は、決して噓ではありません。1年前は、別の人生だったのではないかと思えるほど遠くに感じられます。
 そして私は、そのほうがいいと考えています。「時間がなかなか過ぎてくれない」「若い時よりも時間がゆっくりと過ぎていく」という感覚を持てるほうが、充実した時間を過ごせていると思うのです。
 「この3年間はあっという間に終わってしまった」
 「55歳からの5年間は、何をしていたのかまるで覚えていない」
 それでは、寂しくないでしょうか。
 挙げ句の果てに、「気づいたらあっという間に85歳になっていた!」というのでは、悲しいです。


 J2の横浜FCに所属する三浦知良(カズ)選手は、「いまは引退なんてまったく考えていない」と言い切っています。


引退したいと思ったことはこれまで一度もないです。ましてや、試合に出られないからやめようと思ったこともないよね。だいたい引退して僕は何をやるの?(『Number』(2019年2月14日号)


 カズ選手は2019年2月に52歳になりました。選手全体の平均年齢が25.71歳(2019年2月1日現在というJリーグの中では考えられない年齢ですが、それでもこうして向上心を持ち続けることができるのです。


 ニーチェの『ツァラトゥストラ』の中に、次のような一節があります。


君は君の友のために、自分をどんなに美しく装っても、装いすぎるということはないのだ。
なぜなら、君は友にとって、超人を目ざして飛ぶ一本の矢、憧れの熱意であるべきだから。
(手塚富雄訳)


 私の「座右の銘」と言ってもよいほど大好きな言葉です。
 ニーチェの言う「超人(ユーバーメンシュ)」とは、スーパーマンのように万能の力を持った存在というわけではありません。私の解釈では、常に今の自分を超えようと、未来へ向かって飛び続ける人のことを指しています。
 向上心という「飛ぶ矢」にしたがって生きる感覚。55歳でこれをもう一回取り戻すべきです。
 すぐにそれが役に立つことがなかったとしても、向上心を持って死ぬまで努力することが、これからの人生でも大切になります。

(了)

本記事は、5月10日に小社から刊行予定の齋藤孝著『55歳からの時間管理術』より一部を抜粋し、再構成したものです。

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プロフィール

齋藤 孝(さいとう・たかし)

1960年静岡県生まれ。東京大学法学部卒業後、同大大学院教育学研究科博士課程等を経て、現在明治大学文学部教授。専門は教育学、身体論、コミュニケーション論。『声に出して読みたい日本語』(草思社/毎日出版文化賞特別賞)で日本語ブームをつくる。他にも『身体感覚を取り戻す』(NHKブックス/新潮学芸賞)など、ベストセラー著書多数。NHK Eテレ「にほんごであそぼ」総合指導をはじめ、テレビ・ラジオ・講演等多方面で活躍。