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インタビュー

『プラスチック・フリー生活 ~今すぐできる小さな革命』特別インタビュー
高田秀重さん(東京農工大学教授)
小島慶子さん(エッセイスト、タレント)

最終更新日 2019.05.31

今、世界的に注目を集めているプラスチックごみ問題。身近なところから、その解決の糸口を提示するガイドブック『プラスチック・フリー生活 ~今すぐできる小さな革命』の刊行にあたり、解説文を寄稿いただいた東京農工大学教授の高田秀重さんと、推薦文をお寄せいただいたエッセイストの小島慶子さんのお二人に、プラスチック問題についてそれぞれ話を聞いた。

聞き手=編集部

「あと30年でプラスチック・フリー時代が来る」

──高田先生には7年前、『プラスチックスープの海』(小社刊)でも解説を寄稿いただきました。そのころから、プラスチック問題は解決の方向に向かっているとお感じですか。

高田秀重
(以下、高田)
 世界的には解決の方向に動き出したと感じています。とくに、2017年にニューヨーク国連本部で開かれた「国連海洋会議」で、使い捨てプラスチックの使用削減について各国が具体的な行動をとるように呼びかけられ、2018年5月には欧州委員会から使い捨てプラスチックの使用規制案が出たり、同年6月にカナダで行われたG7で、海洋プラスチック憲章が署名されたりしたことが大きいと思います。さらに、今年5月に国際条約でプラごみの輸出入が原則禁止されました。

──世界的に見て、日本では対策が遅れているようですが、なぜだとお考えですか。

高田
 行政機関はプラごみを燃やして処理するのがよいと考え、消費者はリサイクルされていると誤解している点が問題です。また、プラスチックを飲食の際に多用すると、有害化学物質にさらされることがほとんど意識されていない点、報道されない点も大きな問題だと思います。その点で、プラスチックの使用によって考えられる健康面での問題について書かれた本書が日本で刊行される意義は大変大きく、とてもタイムリーだと思います。
 最近、ヨーロッパの成人男子の精子数が40年で半減しているという深刻な報告がなされました。また、子宮内膜症や乳がんの方の割合が増えているけれど、それとプラスチックの添加剤の問題が関係しているのではという医学関係者もいます。百歩譲って、添加剤が飲み物に溶け出していないとしても、ごみとして捨てられたプラスチックが微細化して魚介類の体内に蓄積し、それらを人間が食べることによって添加剤にさらされることもあります。そうした環境ホルモンの人体への影響は長い年月を経てのものになります。
 ヨーロッパでは、経済活動と環境保護(脱プラスチック)を調和させた循環経済(サーキュラーエコノミー)という考え方が始まり、それが世界的な流れになっています。日本だけが使い捨ての経済(一方通行の経済)というわけにはいかなくなります。脱プラスチックの国際的なルール作りの中に入っていかないと、今世紀後半には国際的な経済活動が立ちいかなくなると思います。

──これから先、使い捨てプラスチックはなくなると思いますか。

高田
 温暖化のことを考えると、使い捨てプラスチックはなくさざるをえないでしょう。パリ協定を遵守すれば、今世紀後半以降、石油を燃やすことはできず、地下に原油が埋蔵されていても採掘して燃料として利用することはできなくなるのです。バイオマスプラスチックへの転換やプラスチックを使わない生産・流通の仕組みを作らなければならない時代になります。あと30年でそういう時代が来ます。ヨーロッパはそこに向けて舵を切りました。日本もそのような転換を行わないと、2050年以降、産業自体が成り立たなくなるでしょう。

──プラスチックのいちばん大きな問題点は何だと思いますか。また、私たちにできることは何でしょうか。

高田
 プラスチックは生物によって分解されず環境中に数十年以上残留する、将来の世代への負の遺産であるという点です。若い世代、そしてかれらの先の世代の問題となるのです。
 私たち一人一人がプラスチックの使い捨てをやめ、プラスチック製容器入りの製品を選ばないようにすることにより、プラスチック汚染を実際に減らすことができます。一方、生鮮食料品のパッケージ等、消費者の努力だけでは減らせない部分も多く、生産や流通の業界が素材を見直すことも必要になると思います。さらに、そのようなプラスチックを減らす取り組みの公的枠組みを作る行政の役割も不可欠です。消費者、産業界、行政の協働が何より重要だと思います。



日本で、オーストラリアで、小さな実践

──小島さんは、日本とオーストラリアを行き来していらっしゃいますが、プラスチック問題について、両国の間で違いは感じますか。

小島慶子
(以下、小島)
 オーストラリアでは大型スーパーや雑貨店チェーンなどでのレジ袋有料化が進んでいるので、自分で袋を持参して買い物をするのが習慣化しています。日本に比べると全体に包装が簡易な印象です。ファーマーズマーケットなどでは、山積みの野菜も多く、日本のように発泡スチロールのトレイに小分けにしてラップでくるんであるようなものは見かけません。会計のときに食品と雑貨の袋を分けるなどの過剰なサービスもありません。大型の日用品販売店では、商品を梱包していた段ボールがレジのそばに山積みになっていて、買い物客はその箱に商品を入れ、車に積みます。
 私が住んでいる西オーストラリア州のパースは人口200万ほどの都市ですが、中心部でも自動販売機やコンビニが日本のようにあちこちにあるわけではありません。お店で買うとペットボトルの水500mlが4ドル(1ドル80円で計算すると320円!)くらいするので、スーパーや量販店でまとめ買いしたり、家庭用に大きいボトルで買う人が多いです。水筒を持っている人も多いですね。いつも乗り換える香港の空港では、給水スポットがあちこちにあり、持参したマイボトルに水を入れる人をよく見かけます。

──空港に給水スポットがあるとは、便利ですね。

小島
 日本でも、街のあちこちに冷たい水や給水スポットがあるといいのに、と思いました。ペットボトルの自動販売機ではなくて、コインを入れて自前の水筒に補給する形態の飲料販売なんかができたらいいのにとも思います。

──オーストラリアには量り売り文化などはあるのですか。

小島
 野菜や肉などはそういう売り方もよくありますね。そこは日本とさほど変わりませんが、やはり包装がいちばん違います。日本ではレジで肉や魚のパックをさらにポリ袋に入れてくれることもありますが、オーストラリアでは基本的に買ったものを一つの袋にポンポン入れるだけです。最近では「袋は必要ですか?」と聞くお店も。無しですませる人が多いからではないでしょうか。

──マイバッグ、マイボトル以外に、日ごろ取り組まれているプラスチック・フリー対策はありますか。

小島
 取り組みたいですが、日本でもオーストラリアでも、いろいろな商品がプラスチック包装ありきで成り立っているので、こちらの努力だけでなんとかなるものでもなく……。買ってきた料理を家で食べるときなどはとくに大量のプラスチック容器を廃棄することになるので、毎回胸が痛いです。デリや惣菜販売店は容器を持参できるようにしてくれるといいですね。

──本書は、プラスチック使用中に浸み出す化学物質による健康問題について触れています。

小島
 読んだあと、プラスチックの電子レンジスチーマーで野菜を加熱するのをやめようと思い立ち、耐熱ガラスの容器を買いました。また、日本で仕事をしている間は一人暮らしだし、あまりにも忙しいので、プラスチックパック入りのご飯をレンジで加熱して食べるようになっていましたが、これもガラスの容器に移してから加熱することにしました。水筒はすでに持ち歩いているので、続けようと思います。

──最後に、個人レベルの取り組みがプラスチックごみ問題に変化を起こすことはできると思いますか。

小島
 個人の小さな取り組みが浸透することで意識は少しずつ変わると思いますが、やはり行政レベルの取り組みがないと大きな変化を起こすのは難しいと思います。当面は生分解可能なプラスチックの普及を急いでほしいです。それから、個別包装や過剰包装をやめるよう促してほしいです。とくに海洋プラスチックごみは差し迫った問題で他人事ではありませんから。

(了)

プロフィール

高田秀重(たかだ・ひでしげ)

東京農工大学農学部環境資源科学科教授。環境中における微量有機化学物質の分布と輸送過程をテーマに、河川、沿岸域、大気、湖沼など、地球表層全般を対象に、国内外をフィールドとした研究を続けている。2005年からは、世界各地の海岸で拾ったマイクロプラスチックのモニタリングを行う市民科学的活動「International Pellet Watch」を主宰。また、国連の海洋汚染専門家会議のグループのメンバーとして、世界のマイクロプラスチックの評価を担当。日本水環境学会学術賞、日本環境化学会学術賞、日本海洋学会岡田賞、海洋立国推進功労者表彰(内閣総理大臣賞)など受賞多数。共著書に『環境汚染化学』(丸善出版)がある。

小島慶子(こじま・けいこ)

1972年オーストラリア生まれ。エッセイスト、タレント、東京大学大学院情報学環客員研究員。日本のほか、シンガポールや香港で幼少期を過ごす。学習院大学法学部政治学科卒業後、95年にTBSに入社。アナウンサーとしてテレビ、ラジオに出演する。99年、第36回ギャラクシーDJ パーソナリティー賞を受賞。ワークライフバランスに関する社内の制度づくりなどにも長く携わる。2010年に退社後は各種メディア出演のほか、執筆・講演活動を精力的に行っている。14年、オーストラリア・パースに移住。夫と二人の息子はオーストラリアで生活し、自身は仕事の拠点を日本に置いて日豪を行き来している。