人気・実力を兼ね備えた執筆陣が贈る連載・読み物や豪華インタビューなど、
NHK出版が刊行する書籍(新書・翻訳書・文芸書・教養書)をご紹介するサイトです。

連載

「空想居酒屋」 島田雅彦
第1回 マッコリタウンの夜

最終更新日 2019.04.15


「空想居酒屋」開店に向けて決意表明(?)。
韓国の宿泊先のオンドル部屋で

 そこに酒があり、ドリンカーがいれば、即酒場。
 過去に多くの酒仙、大酒飲み、酔っ払いとの交流があり、彼らの薫陶を受けてきた。また、酒場にはそれぞれの歓待の流儀があり、ポリシーがある。もはや数えきれないほどの酒場を巡り、杯を空け、記憶をなくし、二日酔いもし、酔客に絡まれ、狼藉も働き、何とか今日まで無事に生き延びてきた。感動の美酒あり、もう一度食べなければ死ねない肴の逸品もあった。いつしか、これまで訪れた数々の実在の酒場とその思い出が酔った頭の中で渾然一体となり、理想の酒場が私の想像の中で開店した。それを空想居酒屋と名付けよう。もちろん、頭の中の酒は飲めないし、絵に描いた肴は食えない。架空の居酒屋では酔えない。だが、その想像がリアルなら、すぐにでもリアル居酒屋を作ることもできる。私が体験した酒場天国をまずはコトバで再現し、「こんな酒場で飲みたい」という欲望を善きドリンカーたる読者と共有し、最終的には空想居酒屋を実際に開店することを目指す。


韓国の夜の街並み

 以前、『孤独のグルメ』の原作者久住昌之氏と酒場談議をしたことがあった。実はこの漫画の始まりはバブル時代に遡る。まだ巷の人々の懐が暖かく、年収四〇〇万円が貧乏と見做されていた時代である。誰もがこぞって、港区や中央区、渋谷区の単にお洒落なだけの、コスパの悪いレストランに嬉々として出かけ、覚えたてのワインの蘊蓄を傾け、男は目の前の自分のことにしか興味のない女を口説き落とすことしか考えていなかった頃に、ひなびた酒場、貧乏くさい食事、時代から取り残されたような遺跡化したような街を好んで訪れていた。私がしたかったことはまさにこれだと思った。『孤独のグルメ』は食堂や酒場と主人公井之頭五郎とのコラボレーションであり、変哲もない場末、大して上手くもない料理から最大限の魅力を引き出す一種のインスタレーションである。かつて、赤瀬川原平が熱心に行っていた路上観察学や街中の無用の長物と思われるものに注目する「トマソン」にも通じる現代アートの一種なのである。このように能動的なハプニングを期待して食べ歩いている限り、食べログのランキングを信じて傷つくこともない。ネットの情報などに振り回されず、直感を信じ、勇気を出して、何となく気になる店に飛び込めば、必ず何らかの副産物がもたらされる。たとえ、不味くても、惨めな思いをしても、それは立派な話のネタになる。
 記念すべき第一回目、春休みで暇だったこともあり、羽田からソウルに向かった。韓国も食い倒れの国で、「ちゃんと食べてるか?」が挨拶の代わりにもなるし、映画やドラマでは食事や酒のシーンが非常に多いことからも、いかに三度の食事に重きを置いているかがわかる。刑事ドラマではお約束のように、ものすごい勢いでジャージャー麺をかき込むシーンが出て来る。口角に真っ黒な味噌をつけながら、早食い競争のように腹ごしらえをするのを見ていると、ジャージャー麺は刑事の主食なのだなと思う。ちなみに取り調べを受ける容疑者は、なぜかキムチチゲを食べていることが多い。また、近年、ドラマの中の女性やカップルが人生をリセットして、新たな商売を始めようという時、チキンの店を開くという設定が多い。確かに街中には韓国版ケンタッキーというべき、フライドチキンの店が目立つようになった。アジュンマの手料理を出す食堂は次第に廃れ、ファーストフーズ化、チェーン展開が目立つ。野菜など原料の流通にも変化があり、従来は市場で生産者の顔が見える形で仕入れが行われていたが、近年では財閥系のグループ企業が一括して、中国などから安価な野菜を大量仕入れして、食堂などに卸すシステムに変わりつつあり、韓国の食事情もアメリカ化、日本化が進行しているようだ。


韓国焼酎(ソジュ)「チャミスル」を手始めに

 夜中にソウルに着いて、小腹が空いたので、ホテルのフロントで遅くまで開いている店はないか訊ねると、市庁駅六番出口のそばにある飲み屋街に行けば、二十四時間営業の店がたくさんあるというので、行ってみた。酔客が最後の締めにヘジャンクッを食べる時間である。これはハングオーバー・スープと呼ばれる二日酔い予防になるスープのことで、干鱈入りのスープであるブゴク、牛の血を豆腐のように固めたものが入ったソンジクッ、豆もやしのスープコンナムルクッなどが代表的なものだ。二日酔いになるまで飲まなければいいのだが、その境界の見極めは難しい。あの最後のビールは余計だったとか、ウイスキーを四杯でやめておけばよかったなどと後悔せずに済むように、韓国人はヘジャンクッで締めるのである。
 ところで韓国のビールや焼酎はお世辞にも美味いとはいえない。ビールは薄く味気なく、焼酎はケミカルな甘さがいかにも肝臓に悪そうだ。コンビニでは炭酸水と同じ値段の安酒なので、当然その報いがあるわけだ。むろん、韓国人はそんなことは百も承知で、よく冷えた「ソジュ」をクイクイやる。吹き出しには「飲まずにやってられるか」というセリフがよく合う。時にはマッコリやビールと混ぜて飲む。そんな軍隊式の無茶飲みをしても、翌朝、ちゃんと出社できるのはヘジャンクッのお陰である。日本では締めにラーメンを食べてしまうが、これが二日酔い予防になるという話は聞いたことがない。せいぜいしじみ汁かあさりの味噌汁だろう。酔客の明日のためにヘジャンクッを出す、そんな優しい居酒屋があったら、通いたくなるのが人情。


隙間なく並べられた「つまみ」の前で

 さて、その夜はかなり空腹だったので、キムチチゲとポッサムで腹を満たし、「ソジュ」も一本にとどめておいた。
 今回の旅のメインはソウルではなく、全州(チョンジュ)である。食い倒れの韓国で「食は全州にあり」とまでいわれているので、行かずには死ねない。実は十五年前と五年前にも行ったことがあるのだが、その時の充実の食い倒れが忘れられず、再訪することにした。全州名物はたくさんあるが、コンナムルクッパと伝統ビビンバは広く知られていて、ソウルでも味わうことができる。ソウルからわざわざ三時間もかけて全州に来たからにはマッコリタウンに行かなければ、彼の地の食道楽を体験したことにはならない。
 マッコリタウンは伝統の街並みを再現した韓屋村からも駅やバスターミナルからも離れた、住宅街の中にある。全州にはそういうエリアが七ヶ所もあり、最もポピュラーな三川洞のポックマックケルリという店に入った。店の名前とメニューを読めるくらいハングルはできるが、マッコリタウンでは挨拶をし、席に案内されたら、あとはニヤニヤ笑いながら待っていればいい。約二リットル入ったアルミのやかんと全州スタイルと呼ばれるセットのつまみがテーブルに隙間なく並べられる。その数三十種類。枝豆、味付け海苔、白菜、大根、沢ガニ、ネギなどのキムチ各種、塩辛各種、タニシ、繭の佃煮などの箸休め的なものから、パジョン、鯖の干物、キムチチゲ、生牡蠣、帆立、渡り蟹のケジャン入りのご飯、イイダコの踊り喰い、鴨の燻製肉、ポッサム、アンモニア臭のするエイの刺身ホンウオ、骨つきカルビ、ハンバーグみたいなものまで店の全メニューを出してくるのだ。「こんなに食えるわけないじゃないか」と最初は思うのだが、全州のマッコリはマルグンスルと呼ばれる上澄みだけのもので、飲み口が実に爽やかなので、食欲増進作用が生じるのだ。


マッコリはやめられない

 白いマッコリの濁り成分が悪酔いの元になり、また満腹感がもたらされるのだが、上澄みだけだといくらでも入ってくる。ややしつこい鴨肉や豚肉、辛い味付けのもの、塩分の強いもの、そして臭いものを食べたあとはこのマルグンスルが口の中をリセットしてくれる。アルコール度数は六度とやや強めのビールくらいだが、ほとんど発泡していないし、甘いのでつい飲み過ぎてしまう。最初のやかんは15分ほどで空になり、追加を頼む。前に来た時は下戸の友人と二人だったので、一人でやかん二つ、つまり四リットル飲み、したたかに酔ったが、今回は四人いるので、やかん四つはいけるだろう。追加のマルグンスルを注文すると、さらに駄目押しで別の皿が出てくる。この全州の歓待の掟は胃弱の客には大きな試練となるだろう。


すっかりご機嫌

 目標のやかん四つを達成し、口の中に残るホンウオのアンモニア臭も消え、勘定を払う段になったが、請求されたのは飲んだマルグンスル分だけだった。四人で満腹になるだけでなく、料理の見た目も楽しみ、好奇心も満たされ、足元がおぼつかなくなるくらい飲んで、八万ウオン、ざっと八千円。
 店長に「また来る。日韓関係が悪化しても、親善のために来る」と約束し、店を出た。自分ではまっすぐ歩いているつもりだったが、見えないコーンを避けながらジグザグに進んでいるように他人の目には映っただろう。外気温は三度と冷え込んでいたが、マッコリの作用で体の内部が温まっていた。もうこれ以上、腹に入らない状態だったが、全州に来て、コンナムルクッを食べずに帰るとバチが当たるといわれ、その名店へと移動した。席に着くと、すぐに煮えたぎるそれが運ばれて来た。全州の豆もやしは豆の粒が小さく、茎の部分が長い。これがふんだんに入ったスープは煮干しや魚醬の出汁が効いていて、唐辛子の風味も絶妙だった。スープの中にはすでにご飯が入っているが、量が少なく、主役の豆もやしとスープの邪魔をしない。割り入れた生卵は適度に熱が通り、ドロっとした黄身があっさりスープにコクを添える。サービスの韓国海苔やキムチもアクセントになる。
 夢中になってかきこんでいるうちに完食してしまった。香川県で「うどんは別腹」という如く、全州では「コンナムルクッは別腹」だった。この店で勧められたのは「母酒(モジュ)」と呼ばれる、シナモンの香りたつ甘酒の一種である。漢字を見た時、「母乳」と見間違えたが、カフェラッテのような色をしていて、コアントローを思い出させる味だったが、アルコール度数はわずかに1.6パーセント。


色鮮やかな朝食と食後のデザート

 夜中に宿の「学堂」に戻り、酔い覚ましのお茶を飲み、オンドル部屋に布団を敷いて寝たが、隣の部屋からは大イビキが聞こえた。眠りが浅くなると、他人のいびきを聞き、眠りが深くなると、自分のイビキを聞かせることになる。
 翌朝、腫れぼったい顔で起き抜けたが、痛飲したわりには胃腸はすっきりし、頭痛もなかった。二日酔い予防スープの威力か? まだ昨夜食べたものが消化仕切れていなかったが、朝食の膳には、丁寧に調理された色鮮やかな料理の数々が幾何学模様を描くように配置されていて、しばらく見惚れていた。岩海苔と牡蠣の入ったスープをすすり、キムチ各種、パジョン、サラダ、骨付きカルビ、パテのようなもの、そして五穀米と、夕べのマッコリタウンの品揃えを反復しているような賑やかさで、食後には五種類のデザートが別の膳に用意されていた。

 食堂でよく見かける光景として、客が去った後のテーブルにはかなりの量の食べ残しがある。最初に並べる料理の分量を減らせば、無駄がないとつい思ってしまうが、それをケチ臭いと考える文化が根強いのだろう。あの残飯はどのように処理されるのか、事情通に訊ねてみると、肥料になるらしい。韓国料理にはキムチが必ず入っているので、肥料になるのが早いという。なるほど、すでに乳酸菌豊富な残飯は自動的に発酵が促進されるわけだ。それを聞いて、安心して、食べ残しができると思った。

プロフィール

島田雅彦(しまだ・まさひこ)

1961年、東京都生まれ。作家・法政大学教授。東京外国語大学ロシア語学科卒業。在学中の83年に『優しいサヨクのための嬉遊曲』で注目される。『夢遊王国のための音楽』で野間文芸新人賞、『彼岸先生』で泉鏡花文学賞、『退廃姉妹』で伊藤整文学賞、『カオスの娘』で芸術選奨文部科学大臣賞、『虚人の星』で毎日出版文化賞を受賞。ほかの著書に『天国が降ってくる』『僕は模造人間』『彗星の住人』『悪貨』『ニッチを探して』『オペラ・シンドローム』など多数。2010年下半期より芥川賞選考委員を務める。