人気・実力を兼ね備えた執筆陣が贈る連載・読み物や豪華インタビューなど、
NHK出版が刊行する書籍(新書・翻訳書・文芸書・教養書)をご紹介するサイトです。

連載

思考入門
“よく考える” ための教室
戸田山和久(文と絵)

第6回 ヒトの脳は論理的思考には向いていない。ならばどうする!?

最終更新日 2019.12.02

AランチかBランチかそれが問題だ

 さて、『思考入門』も今回で第6回、いよいよ佳境〈かきょう〉に入ってきた。ここまでは、論理的によく考える・書く・話すというのはどういうことかを明らかにしてきた。でも、わたしたちの頭はそれほどデキがよくないのね。むしろヒトの脳は論理的思考にあまり向いていないと言ったほうがよいくらいだ。それじゃあ、どうしたらよいのだろう。『思考入門』後半戦のテーマはこれだ。
 まずは、わたしたちはそんなに論理的思考が得意ではないという事実に気づいてもらおう。気づいたら、なぜそうなのかを考えよう。そのうえで、どうすればよいのかを考えよう。
 というわけで、こんな例から始めてみよう。キミの学校は学生食堂があって、2種類の日替わりランチを出してくれる。AランチとBランチだ。値段は同じ。どっちも同じくらい美味〈おい〉しい。しかもキミは好き嫌いの全くないよい子ちゃんだ。だから、いつもどっちのランチを頼むかで迷ってしまう。決め手がないから、もう悩むこと悩むこと。チケットの販売機の前でずっと決めかねていると、後ろに並んでいる友だちから「早く決めてくれよ。イライラ」と言われる。すみません。
 そこでキミは、毎朝ウチを出る前に、その日のランチをどっちにするか、百円玉を投げて決めておくことにした。表が出たらAランチ。裏が出たらBランチ。これで問題解決。で、今日は木曜日だ。今週はここまで、月曜日に表、火曜日に表、水曜日には表と、3回連続で表が出ている。そこでキミはこう考えた。今日も表が出そうだぞ。
 でも、これは間違いなんだ。前の日に表と裏のどっちが出たかは、次の日にどっちが出るかに関係ない。いつも、表が出るか裏が出るかは五分五分だ。だから、今日も、表のほうがより出やすいということはない。あくまで五分五分。わかりにくかったら、キミは毎日違う百円玉を投げると考えてみたらよい。昨日投げた百円玉は、今日投げる百円玉と何の関係もないことがはっきりするだろう。


2つのダメ推論

 この間違いをもうちょいちゃんと分析してみよう。証拠と主張とサポート関係という論理的思考のパターンに当てはめてみると、キミは次のような推論をしたことになる。

 月曜日には表が出た
 火曜日には表が出た
 水曜日には表が出た
 したがって、木曜日にも表が出るだろう

 でも、これってよい論理的推論ではない。月曜日から水曜日までにどちらが出たかは、木曜日にどっちが出るかと何の関係もないので、3つの「証拠」は結論をちっともサポートしていない。これは有名な間違いなので、「ギャンブラーの誤謬〈ごびゅう〉という名前がついている。
 この逆の間違いもある。木曜日のコイン投げの結果も表だったとしよう。4回連続で表が出たというわけだ。キミの「木曜日にも表が出る」という予想は見事に当たったことになる。ここでぜったいに言っておかねばならないのは、結果として当たっていたから、キミの行った推論は成功だった、よい論理的推論だったということにはならない、ということだ。キミの推論はサポート関係が成り立っていないのでダメな推論だった。でも、まぐれで結論が当たった、というのがほんとうのところだ。
 さて、今週は月曜日から木曜日までずっと表が出続けている。で、金曜の朝にキミはこう考えた。そろそろ裏が出てもいいんじゃないか。今日は裏が出そうだぞ。この推論のどこがダメか、もう分かっているね。

 月曜日には表が出た
 火曜日には表が出た
 水曜日には表が出た
 木曜日には表が出た
 したがって、金曜日には裏が出るだろう

 4つの「証拠」は、主張が成り立つか(成り立ちやすいか)に何の関係もない。だから、相変わらず主張はサポートされていない。
 でも、ゲームをやっているときとか、ついこのように考えてしまわないか?ずっとダイヤが出ているのはおかしいから、そろそろクラブやハートが出るんじゃないかって。これも有名な間違いで「逆ギャンブラーの誤謬」という。表、裏、どっちの結論を出しても間違った推論なんだね。でも、わたしたちはついそういうふうに考えてしまう。


「珍しいことが起きたぞ」と「よくあることが起きたぞ」

 もうちょっとランチの事例を続けてみよう。コイントスを始めて2週間がたった。第1週は、表表表表表だった。第2週は、表表裏表裏となった。2週目の終わりに、キミが次のように思ったとしよう。1週目は5回連続「表」なんてずいぶん珍しいことが起きたけど、2週目はよくある結果に落ち着いたな。
 ブーッ。間違い警報発令。「よくある結果に落ち着いた」というのを、「表表表表表より表表裏表裏という並び方のほうが起こりやすい」という意味で使っているなら、キミは間違っているぞ。
 すでに言ったことの繰り返しになるけど、前の日に表裏のどちらが出たかは、次の日にどちらが出るかと関係ない。前の日のコインが、次の日のコインに「オレ、表を出しといたからさ、キミも表にしときなよ」などと言ったりはしないよね。どの日も、表が出るか裏が出るかは五分五分(これを確率2分の1、という)。だったら、表表表表表と5回連続で表が出るのは、「前に何が起きたかにかかわらず確率2分の1で起こることがら」が5回起きたので、2分の1を5回かけて32分の1の起こりやすさで起こる。じゃあ、表表裏表裏はどうか。これも、前に起きたことによらず確率2分の1で起こることがらが5回起きている。なので、やっぱり32分の1。どっちも起こりやすさは同じなのだ。
 でも、何だか表表裏表裏のほうが「ありそう」に思えてしまう。なぜだろう。5回百円玉を投げて表裏がどういう順序で出るかをぜんぶ書き出してみよう。

  • (a)表表表表表
  • (b)表表表表裏 表表表裏表 表表裏表表 表裏表表表 裏表表表表
  • (c)表表表裏裏 表表裏表裏 表裏表表裏 裏表表表裏 表表裏裏表 
    表裏表裏表 裏表表裏表 表裏裏表表 裏表裏表表 裏裏表表表
  • (d)裏裏裏表表 裏裏表裏表 裏表裏裏表 表裏裏裏表 裏裏表表裏 
    裏表裏表裏 表裏裏表裏 裏表表裏裏 表裏表裏裏 表表裏裏裏
  • (e)裏裏裏裏表 裏裏裏表裏 裏裏表裏裏 裏表裏裏裏 表裏裏裏裏
  • (f)裏裏裏裏裏

 目がチカチカしてきたぞ。数えてみるとぜんぶで32通りある。このひとつずつは同じ起こりやすさで起こる。だから、表表表表表も表表裏表裏も起こりやすさは32分の1。ここまではいいね。
 なのに、表表裏表裏のほうが表表表表表より「ありそう」に思えるのは、表表裏表裏は、「3回表、2回裏」のグループ(c)ぜんたいを代表しているからだ。(c)グループは10通りある。だから「3回の表と2回の裏が混ざって出る」というのは表表表表表の10倍起こりやすい。そして、表表裏表裏は「3回の表と2回の裏が混ざって出る」の代表とみなされているんだ。もしかりに、表表裏表裏が「表と裏が混ざって出る」の代表だとするなら、もっとたくさんを代表している((b)~(e)の30通りを代表している)。
 いずれにせよ、わたしたちは、表表裏表裏をそれじたいとして理解するのではなく、それと似たたくさんのケースの代表として見てしまう。だから、表表裏表裏の起こりやすさを正しく評価することができなくなって、「いかにも起こりやすい」「ありそう」だと思ってしまう。


わたしたちは「あるある」にヨワい

 わたしたちは典型例の代表だとみなしたものを、実際以上に起こりやすいと判断するようにできているらしい。これと似たしくみで生じてしまう判断ミスの例をもうひとつあげてみよう。次の問題を考えてみてほしい。

 Aさんは最近タピオカドリンクにはまっている。特にお気に入りなのは、抹茶ミルクにタピオカを入れたものだ。友だちと連れ立ってあちこちのお店に出かけて飲み比べをしている。いつか、本場の台湾に女子旅に出かけたいと思っている。10月の31日はハロウィンの仮装をして渋谷に出かけた。夜遅くまで楽しんでいたら、両親に叱〈しか〉られてしまった。
 さて、Aさんは次のどちらである可能性のほうが大きいだろうか。
 (1)Aさんは都内の女子高生である。
 (2)Aさんは流行に敏感な都内の女子高生である。

 (2)と答えてしまったキミ! 間違っとるよ。都内の女子高生のうち、流行に敏感なのはその一部だ。都内の女子高生の中には、流行に敏感な人とそうでない人がいる。だから、「都内の女子高生である」可能性のほうが、「都内の女子高生でしかも流行に敏感である」可能性よりも大きいはずだ。
 でも、多くの人が(2)と答えてしまう。それは、タピオカだの女子旅だのハロウィンが好きという情報に、「流行に敏感な女子高生」というAさん像が、よりピッタンコだからである。「いかにもあるある」だ。なので、わたしたちは(2)の可能性を大きめに評価してしまう。


都内のイケてる女子校生(想像図)

 ことがらそのものではなく、典型例の代表として見てしまう傾向がわたしたちには備わっている。そのため、起こりやすさや可能性の判断を誤ってしまう、というわけだ。


最初の数字があとあとまで尾をひく

 わたしたちにもともと備わっている判断傾向のせいで生じる間違いの具体例をあげだすとキリがない。もう少しあげておこう。今度のは、トゥベルスキーとカーネマンという超有名な心理学者の実験だ。
 国連の加盟国のうちアフリカの国は何パーセントくらいを占めると思いますか、と実験に参加してくれた人たちに尋ねる。正確に知っている人はほとんどいないので、みんな当てずっぽうで答えることになる。このとき、ルーレットを回して、出た数字をみんなに伝えて、それよりどのくらい大きい(小さい)と思いますか、という聞き方をする。ルーレットで出た数字が10だったグループの場合、みんなの答えの平均は約25パーセントになった。一方、ルーレットの数字が65のグループでは答えの平均は約45パーセントだったそうだ。
 これって、おかしいでしょ。だって、ルーレットの数字は、答えを求められている数字と何の関係もない。そして何の関係もないとみんなもわかっている。なのに、その関係ない数字に判断がひっぱられてしまったのである。どうやら、わたしたちは、何かを見積もるのに、最初に与えられた数字を出発点にして、それに調整を加えることで答えを見つけようとする傾向があるみたいだ。でも、たいていの場合、その調整は十分に行われず、最終判断が最初の数字に影響されてしまう。

  • 1
  • 2