ラトビアと「巣巣」

エッセイ:学びの風景 
安彦幸枝(フォトグラファー)

身の回りに散りばめられている学びをつかまえる、フォトグラファーの安彦幸枝さんによる写真とエッセイ。

UP DATE | 2021.09.27

ラトビアと「巣巣」

等々力に「巣巣(すす)」という店があった。
海外で買い付けたものや、日本の作家のもの、生活雑貨やオリジナル家具を扱っていた。店主である岩崎さんの書籍を撮影したご縁から訪れるようになり、贈り物を探しに行くと、たいてい素敵な何かが見つかった。手芸のワークショップやライブなども企画して、ものづくりをするひとたちがいつも出入りしていた。店の奥にはアップライトピアノがあり、岩崎さんが練習しているらしかった。

年に一度のラトビア雑貨のフェアがとくに楽しみだった。岩崎さんがイギリス留学でお世話になったホストファミリーがラトビアからの移民で、のちに旅行をしてからたびたび訪れるようになり、店を始めてからは買い付けもするようになったそうだ。ざっくり編んだ毛糸の靴下を購入したり、森の中の民芸市の写真を見せてもらったりしているうちに、いつか行きたい国のひとつになった。

そのうち、ガイドブックの撮影でラトビアへ行くことになった。合同で取材をするプレストリップで、各媒体から編集者やカメラマンが派遣され、賑やかな旅だった。ちょうどスズランの季節で、道端で花売りの姿をよく見かけた。ひと束買うと、紐で括っただけで渡される。道行く人たちがむきだしの花束を持って歩いているのが、その辺で摘んできたという風情があっていい。 六月は白夜で、深夜にやっと暗くなる。二時には空が明るくなり始めるから、毎晩、雨戸を閉めて眠った。

民芸市は、六月の最初の週末に開催される。森の中の会場には、緩やかな坂道に沿ってたくさんの店が軒を連ねていた。ミトンや織物、白樺の皮で編んだカゴ。売り子たちは華やかな民族衣装を着飾っている。撮っても撮っても撮り足りなくて会場を何周もするうちに、今年も買い付けにきていた岩崎さんにばったり遭遇することができた。

数年後、岩崎さんは北陸地方へと移住した。東京を離れ、新しい暮らし方と店を、と移転先を探していたところ、家族の転勤先となった町を気に入りそこに決めたそうだ。東京の店の閉店パーティーにはたくさんの仲間が集まり、岩崎さんも自らのバンドでピアニカの演奏を披露した。ピアノを習ったことを機にバンドを組んで、CDも出したそうだ。

昨年、ローカル線を乗り継いで、岩崎さんを訪ねた。田園風景のなかに佇む大きな日本家屋が新しい「巣巣」だった。ちょうど、動物彫刻家のはしもとみおさんの展示が開催されていて、縁側には大きな木彫りの猫が寝転がっていた。岩崎さんが自粛期間中に始めたという水彩画を見せてもらった。最近は絵本製作の塾を受講しているそうで、すべてが初めてのことで楽しい、と笑っていた。いまは海外へ買い付けに行きにくいし、ワークショプも開きづらい。それでも新しい場所には、ものをつくり表現することの喜びが変わらずにあった。

安彦幸枝(あびこ・さちえ)|父のデザイン事務所でアシスタントを務めた後、写真家泊昭雄氏に師事。著書に『庭猫スンスンと家猫くまの日日』(小学館)、『どこへ行っても犬と猫』(KADOKAWA)ほか。NHK出版では『NHK趣味どきっ!』テキストなどで撮影多数。

巣巣さんのHPはこちら https://www.susu.co.jp

STAFF

  • Photo&Text : Sachie Abiko
  • Edit:Shinsuke Sato(NHK Publishing)

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