締め切りのない、常に大切なこと

取材レポート|大嶋奈都子さん(イラストレーター)

街で見かけるおじさんの姿を描いた「おじさんスタンプ」の制作をライフワークとして活動されている大嶋奈都子さん。その作風が話題となり、書籍の装丁に挿絵にと、今や引っ張りだこの存在に。しかし、もともとはイラストレーターになることを目指していたわけではなかったのだとか。大嶋さんのつづけてきたことから、学びのヒントが見えてきました。

UP DATE | 2021.06.30

似ているようで、一人ひとり違う。
サラリーマンの個性が制作のきっかけに

大嶋さんのイラストはスタンプならではの質感が印象的ですが、制作のきっかけは何だったのですか。

最初に興味を持ったのは「人」全般で、大学の課題としてイラストを描き始めました。いろんな人を描いていくうちに、はじめに特化したのは「サラリーマン」。似た服を着ているけど、よく見ると一人ずつ違う個性があって面白いなと思ったんです。

その後、サラリーマンをモチーフにした「同じスタンプがたくさん押してあるだけに見えて、よく見ると実は1個ずつ違う!」というインスタレーション作品のために、スタンプを大量に作ったんです。そうやって個性を抽出するようなイメージで制作したのがきっかけでした。スタンプには樹脂を使っているんですけど、何回押しても全部違う絵になるし、印刷物になったときに味が出るのも面白いなと思っています。

スタンプ制作は自宅のアトリエで。モデルとなる人物をスケッチしたあと、愛用のペンタブレットとPCを使ってイラストを起こしていく。

公園で見つけた、満員電車に揉まれる前の「フレッシュなおじさん」

今は制作のモチーフが「サラリーマン」から「おじさん」に変わり、「おじさんスタンプ」が大嶋さんの代名詞になっていますね。

モチーフが変わったのは、自宅近くにある公園の影響が大きいです。6年前にこのあたりに引っ越して来たんですけど、朝の公園を歩いていて、満員電車に揉まれる前の「生まれたて」みたいなおじさん方がいっぱいいることに「わぁ、みんなこうやって息抜きしてるんだ」と驚いて。「この驚きを形にしよう…!」と、おじさんをモチーフに制作し始めました。

毎朝公園を散歩して「おじさんウォッチング」をするのが大嶋さんの日課。

そこから「おじさんウォッチング」を日課にしているそうですが、どんなことを考えながら観察しているんですか?

軽いツッコミじゃないですけど、「何でランニング中なのに金属の腕時計をしてるんだろう?会社用のものかな?」とか「このポーズ、どこが伸びるストレッチなんだろう?」とかですかね(笑)。みんな人目を気にしていなくて自由なんです。おもりをつけて走っていたり、うがいしながらストレッチしているおじさんも見かけたことがあります。

大嶋さんの描くおじさんは、哀愁があったりどこかチャーミングだったり。制作時に意識していることはありますか?

ストレッチをしたり、本を読んだり……。朝の公園では各々が気の向くままに過ごしている。

まず「おじさん=かわいい、哀愁がある」とは思っていないんですよ。全肯定をしようとは思わず、そのままを描こうと思っていて。街中にいる人のファッションを描いてその時代の空気感を記述するといった「考現学」という学問があるんですが、私の考え方はそれに基づいているので、デフォルメはするんですけど、演出はしないようにしています。

試行錯誤する過程が楽しい。
続けていたら、いつのまにか仕事になった

そもそもイラストに興味を持ったきっかけは何だったんでしょうか?

幼いころから絵を描くことはすごく好きでした。特に祖父母の家に行くと、いつも画材を準備して待ってくれていたのがとても嬉しくて、ずっと描いていましたね。

それから、子どもの頃から人見知りが激しくてすごいあがり症だったんです。学校では人前での朗読とかがあるじゃないですか、あのときも頭が真っ白になって喋れないことがありました。でも、例えば絵を描いたとすると、直接会ったことがなくても「これを描いた大嶋さん」という風に認知される。そういった形のほうが自分の中でスッとするというか。作ったものを介してコミュニケーションをとるっていうことがしっくりきたんです。私は苦手なことと得意なことがすごくはっきりしていたので、苦手なことを避けて得意なことだけを続けていたら、ここにたどり着いてしまったんです(笑)。

ライフワークとなっている「おじさんスタンプ」の版下(スタンプのもととなる画像)。イラストが白黒反転の状態でフィルムに印刷されている。

ということは、「イラスト制作を仕事にしよう」という思いを早くから抱かれていたのですか?

いえ、大学院時代にスタンプを制作した時には、まさか仕事になるとは思っていませんでした。会社で働きながら空いた時間でイラストレーターの仕事をしたり、個展を開いてみたりしていたところ、徐々に比重が変わっていって、それで独立することを決めました。

そうだったのですね。何かに向けて頑張っているときって、なかなか目標にたどり着けないとか、技術が追い付かなくて歯がゆいとか、そんな思いを抱く人も少なくないと思います。大嶋さんはご自分の活動に関してモヤッとした思いを抱く瞬間ってありますか?

うーん、実はあんまりなくて。私の場合、将来の目標に向かって行くんじゃなくて、制作過程が楽しくてつづけていたら仕事になっちゃったんです。

専用の機械で樹脂に版下をトレースする。凹凸がついた樹脂を木の土台に貼り付けて、スタンプが完成! 押すごとに変わるかすれ具合が独特の味わいを生む。

大学時代の話ですが、課題の絵を布に色鉛筆で描いたことがありました。ちょっと不格好な作品でしたが、先生に提出すると「布に描くっていう難しい手段をあえて選んだのが偉い」って言われたんです。描きにくさを楽しんでるねって言われて、「あっ、だから私は布を選んだんだ」と気付かされました。

白にしようかな、黒にしようかな、筆にしようかな、鉛筆にしようかな、って悩んでる過程が楽しいんです、すごく。私なんかより上手に絵を描ける人はそれこそたくさんいるんですけど、その過程の楽しさを理解してくれる人もいるから「あ、これでよかったんだ」とつづけられたんだと思います。

なんだか実験しているみたいですね。

そうですね。スタンプを作っている時も「もうちょっと太らせたら……あっ、でもそれじゃ演出になっちゃうな」とか(笑)。勉強で言うと、ノートをとること自体が楽しいという感じです。ペンを色々変えて、ふせん使ってとか……。そうやって工夫している時間が一番楽しいです。

結局私って何がしたかったんだっけ?
原点に立ち返るための「締め切りのない、常に自分にとって大切なこと」

改めて、大嶋さんにとっておじさんウォッチングとはどんな存在ですか?

ライフワークですね。仕事は依頼されたものを描きますが、おじさんウォッチングは「結局私って何がしたかったんだっけ?」っていう原点に戻るための、“締め切りのない、常に自分にとって大切なこと”みたいな存在です。

ではその原点とは、ずばり何でしょうか?

おじさんを発見した時、うれしいんですよ。「面白いな」っていう気持ちです。よく「オリジナリティ」と言いますけど、それって「わっ、これきれい」とか「面白い!」っていう最初の「ハッ!」っていう気付きが原点だと思っていて。そういった意味で「私はここで喜ぶぞ、ここで笑うぞ」みたいな自分のオリジナリティを常に確認するというイメージです。

センサーの感度を上げているようなイメージが浮かびました。
おじさんウォッチングで感受性のチューニングをされているんですね。

道行くおじさんが全員同じに見え出したら、ちょっと不調かもしれません(笑)。

それでは最後に、大嶋さんにとって学びの秘訣、つづける秘訣って何ですか?

目標を決めてやるというよりは、つづけていたら何かになっちゃったっていうことが、結局つづいていく秘訣というか。もし仕事を意識しすぎて「どうやったら売れるんだろう」とか「どうやったらメディアの人に見つかるだろう」ってやってたら、たぶん描けなかったと思うんですよね。私にとって大切なのは、「ハッ!見つけた!」っていう最初の感動を忘れないことかなと思います。

今日はありがとうございました!

今回のお話を伺うきっかけとなった、『NHKテキスト2021』キャンペーンのイラスト。『NHKテキストで学習される方が老若男女だと伺い、誰にでも愛されるようなビジュアルにしようというのが念頭にありました。そのうえでキャラクターそれぞれの人柄が見えるようにしたくて。例えば犬のジョンは「ジョン・レノンが名前の由来」という設定だったので、首輪のところに「J」とつけています(笑)。』

【編集後記】「あっ。私、いまワクワクしてる!」と、暮らしの中の小さな感動を見逃さないことが、やりたいことを見つけ、つづけていく秘訣なのかもしれません。私は何が好きで、どんなときに喜ぶのか――自分の感覚にそっと耳を澄ましてみたいですね。それが、大嶋さんの言う「常に自分にとって大切なこと」なのだと思います。

大嶋奈都子(おおしま・なつこ)|スタンプアーティスト、イラストレーター。1984年生まれ。武蔵野美術大学大学院視覚伝達デザインコース修了。書籍や似顔絵などのイラスト制作を手掛ける一方、国内外のスタンプのワークショップや展示にも多数参加。NHK出版では2021年度NHK英語テキスト『遠山顕の英会話楽習』の表紙イラストを担当している。

STAFF

  • Photo : Sachie Abiko
  • Edit:Hitoha Hatakeyama(NHK Publishing)

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