どんなチャレンジにも価値がある

取材レポート|若宮正子さん(デジタルクリエーター)

なんと81歳にして独学でiPhoneアプリを開発した、「世界最高齢のプログラマー」こと若宮正子さん。パソコンとの出会いをきっかけに、デジタルツールを活用してさまざまな活動をつづけてこられました。次々と新しい「学び」に挑戦してきた若宮さんに、好奇心をのびのび育てていく秘訣をお聞きしました。

UP DATE | 2021.08.25

コンピューターは、私の味方で救世主

デジタルの世界で大活躍されている若宮さんですが、パソコンとの出会いは定年間近のタイミングだったとか。

はい、58歳のときです。今から28年前ですね。それまでのコンピューターっていうのは、大きくてそばに近寄れないような、畏れ多いものだったんです。それがいわゆる「パソコン」という形になって、各家庭でも使える時代が来た頃でした。

「デジタル」を敬遠される方もいらっしゃいますが、若宮さんはそうではなかったのですね。

私が就職したのは戦争が終わったすぐあとで、銀行に勤めていたんですが、お札は指で数えて計算はそろばんという時代だったんです。ところが私は不器用なので、仕事が遅かったんですよ。いつも先輩から「まだ終わんないの」って叱られていて。

ただ、そうこうしてるうちに世の中が少しずつ機械化されてきて、お札を数える機械や計算機、そのうちコンピューターも出てきました。そうしたら、どんなに器用な人だって機械よりも早くお札を数えられないですよね。だから私が叱られなくても済むようになりました。機械は私にとっては救世主だったんです(笑)。

好奇心が原動力

若宮さんの自宅にあるガジェットの一部。(左上から時計回りに)Windows用のPC、ライブ配信用のビデオスイッチャー、PC用のマウス、スキャナー、「VR(仮想現実)」の映像やゲーム用のヘッドセット、MacBook Pro、スマートウォッチ、タブレット端末。

パソコンを手に入れたあと、インターネットにつながるまで、3ヶ月間も格闘されたそうですね。

今から30年くらい前のパソコンって、買ったところですぐには通信できなかったんです。モデムというものが必要で、しかもそのモデムを動かすためのソフトも別途インストールしなければいけなくて……ということで3か月かかりました。今のパソコンで「3ヶ月」っていうのとは全然違うものだと思ってくださいね(笑)。

わかりました(笑)。しかし、大変な手順にもかかわらず、途中で投げ出さずにつづけられた理由は何だったのでしょうか?

それは「面白そうだから」ですね(笑)。今でいうところのSNSにどうしても参加したくて、トライ&エラーを繰り返しました。

他にも、何か面白いものがあるとつい使ってみたくなるんですよね。費用対効果の問題もありますから、あまり高価なものはダメですけど。例えばこのスマートウォッチは、これひとつで健康管理が全部できると知って購入しました。それだけでなく、道を歩いているときに「メッセージが入っているよ」「電話がかかってきたよ」と全部教えてくれますから、大変便利ですよ。

近頃フル活用しているというスマートウォッチ。「こうやって押すと心電図が表示されるでしょ。オシログラフ、見えてます?このデータが私のスマートフォンに送られるんです」

挫折かどうかはその人の「ものさし」次第

念願だった”SNS”への参加を果たしたことで、ネット上での交流が生まれ、活動の幅も広がったことと思います。そんな中、パソコンを使ったとある技術を考案されたとか。

そうなんです。ご近所さんからお願いされて、自宅でパソコン教室を開いたんですが、「エクセルに興味を持てない」という方がいらしたんです。それで教材として、エクセルを使って図案を描く「エクセルアート」を考案しました。罫線に色を付けたり、「セルの書式設定」の塗りつぶし効果でグラデーションをつけたり、セルを結合して中央揃えにしたりして、模様に変化をつけるんです。どれもエクセルの教科書を開くと最初の方に出てくる機能ですね。

本来は表計算ソフトであるエクセルを新しい方法で活用したとして、開発元のMicrosoft社からも称賛の声が寄せられたそう。

それだけにとどまらず、今度は独学でアプリ開発まで……本当に驚きです。

私、何でも割とスッと始めちゃうんですよ。周りからは「80歳を過ぎてからプログラミングを始めるなんて、よくそんな勇気と決断がおありでしたね」って言われるんですけど、別に勇気も決断もなくて大丈夫です。プログラミングをやっても誰も死なないですから(笑)。無料ソフトがたくさんあるから、パソコンさえあればお金もそんなにかからないし、嫌になったらやめればいいんです。

若宮さんがシニア向けに開発した、ひな人形を正しい位置に並べるゲームアプリ「hinadan」。祖父母が孫に教えながらプレイするというケースも多いそう。スピードや指先の複雑な動きを求めないことも、シニア向けならでは。

若宮さんにも、つづけられなかったことがありますか?

たくさんありますよ。例えば、若い頃に日本舞踊を習っていましたが、あんまり出来が良くないので辞めてしまったんです。でも、決して無駄なことをしたとは思っていません。踊りはものにならなかったけど、日本舞踊を習ったことで歌舞音曲の世界を知れたんです。だから歌舞伎を観に行けば「あれは常磐津(ときわづ)であれは清元(きよもと)だ」とわかる。それだけでも素晴らしいことだと思うんです。

それから、挫折ってものすごく主観的なものだとも思います。両手でピアノが弾けるようになったのを大成功だと喜ぶ人もいれば、スポーツの連勝記録が止まって挫折した、という人もいます。それが挫折かどうかは、自分だけの「ものさし」で判断することですからね。

若宮さんはどんな「ものさし」をお持ちですか?

私は「バナナがまだ半分残ってる」っていうタイプです。世の中にはバナナを半分食べたあと「半分しか残ってない」って言う人と「まだ半分あるぞ」って言う人がいますよね。私は「まだ半分あるぞ」のものさしを持っていますから、あんまり挫折しないし、失敗を恐れないんです。むしろ失敗体験こそが自分の役に立っていると思うくらいです。

エクセルアートで制作した図案は、布などにプリントしてオリジナルグッズに。この日の衣装もその一つ。忙しい日々の合間を縫って、現在も制作をつづけている。

チャンスが巡ってきたら、思い切って飛び込んでみる

新しいもの好きを自称されていますが、学びのきっかけや新しい情報にはどこで出会うのですか?

お友だちがすごく多いので、そこからいろんな情報をゲットしています。SNSのお友だちにはさまざまな専門家の方もいますから、情報を探すには恵まれた環境にいると思います。情報っていうのは、正しく評価して、しかも良い方向に拡散してくれる人のところに流れるんです。だから情報をたくさん集めるには、まず自分がいい情報を発信することと、受信した情報を正しく前向きに評価して拡散することが大切ですね。

VRゲーム用のヘッドセットもお気に入り。バーチャル空間で、友人とおしゃべりを楽しむのが好きなのだそう。

どんどん世界が広がっていきますね。

そうなんです。私がプログラムを作ったのも、情報発信をきっかけに、お友だちが教えたり手伝ったりしてくれたから。自分ではこのことをそんなに大事件だとは思ってなかったんですが、アプリ開発がきっかけでアップル社からメールが来たりして……。「CEOがあなたに会いたがっているから、アメリカにいらしてください」って、WWDC(アップル社主催の世界開発者会議)に招待されたんです。

それは驚きの展開ですね!

「なんで私が?」と思ったけど、考えてみたらそんなところに行ける機会なんて一生に一度あるかないかだし、私ってもの好きでしょ(笑)。「それじゃあ行きます」って返事しちゃったんです。それで実際にCEOにお会いしたり、いろんな経験をして帰ってきたら、今度は内閣官房から「人生100年時代構想会議の有識者議員」の依頼が来たりして。

錚々たるラインナップ…!でも、尻込みせずに、流れに乗って楽しまれているのが素敵です。

いろいろな場に呼んでいただいたり、今日みたいに取材をお受けしたり……。この歳になってこんなことになるなんて思ってもみませんでしたけど、もらったオファーには全部応じさせていただきました。それがまた新しい経験になり、新しいお友だちができ、新しい世界を知ることができて。だから一度も断らなくてよかったと思います。

知識を熟成させて叡智に変えていく

新しい世界で得た「学びのきっかけ」を育てていくコツってありますか?

最近になって、知識だけをたくさん持っていてもダメだってことが、つくづくわかりました。知識をいろんな経験と一緒に自分の中で消化して、熟成させる。そうすることで、叡智が生まれると思うんです。

「失敗が役に立つ」とおっしゃっていたのは、こういうことだったんですね。途中で辞めてしまった経験も、消化・熟成させることで叡智に変わっていく……。いろんなことにトライするほど、次の学びが大きく育っていきそうです。

そうだと思います。素材だけ集めてもダメで、それを自分なりに料理して行かなきゃいけないと思うようになりました。86歳になって、もう手遅れかもしれないけど、これからまた少し成長しようかなと思っています(笑)。

現在もかなりご多忙だと思いますが、これから始めていきたいことはありますか?

さしあたっては考えていません。と言いますのも、今、社会全体のデジタル化を進めるためのプロジェクトに参加していて。「誰一人取り残さないデジタル改革」をスローガンに、どんな施策が必要かを議論しているんです。「誰一人取り残さない」って、口で言うのは簡単ですけど途方もなく大変なことですよね。

とはいえ、若い人ではなく私みたいな年代の人が「ねぇ、ご一緒にしましょうよ」ってシニア世代の方に声をかけることは、大事なんじゃないかと思っているんです。だからこの仕事は天命であり、課せられたライフワークだと思ってやっていくつもりです。でも、それ以外に面白いことが出てきたら、それもその都度やるつもりです(笑)。

素敵なお話、ありがとうございました!

【編集後記】嫌になったらやめても大丈夫、まずはやってみよう! そんな軽やかな姿勢が、好奇心を伸びやかに育てていく秘訣だと感じました。よい「ものさし」を心に持ち、どんな経験にも自分なりの学びを見つけながら、じっくり時間をかけて熟成させていきたいと思います。

若宮正子(わかみや・まさこ)|デジタルクリエーター、プログラマー。1935年生まれ。友人の助けを得ながら独学で開発したiPhoneアプリがアップル社の目に留まり、世界最高齢のプログラマーとして話題に。人生100年時代構想会議の有識者議員、シニア向け電子掲示板「メロウ倶楽部」副会長などを歴任。ハンドルネームは「マーチャン」。趣味は旅行。著書に『独学のススメ 頑張らない!「定年後」の学び方10か条』(中央公論新社)、『老いてこそデジタルを。』(1万年堂出版)などがある。

STAFF

  • Photo : Nobuki Kawaharazaki
  • Text & Edit:Hitoha Hatakeyama(NHK Publishing)

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