ものの「成り立ち」を考え、思考を鍛える

取材レポート<前編>|大西泰斗さん(東洋学園大学教授)

大人気の『ラジオ英会話』や、9月よりテレビ放送の始まった『大西泰斗の英会話☆定番レシピ』の講師として活躍される大西泰斗さん。英語表現はもちろん、さまざまな会話の切り口で視聴者や読者の心をつかむ秘密は、日頃の知識のアップデート方法にありそうです。

UP DATE | 2021.10.14

時間のない中でもできる思考トレーニング

毎日忙しい日々を送られていると思うのですが、知識をアップデートするための時間はどう確保しているのでしょうか?

9月からテレビの講座もスタートしたので忙しくはなりましたが、学ぶ時間は減っていません。というのも、学ぶのに時間がかからないからです。それを一般的に「学ぶ」と言うのかは疑問ですが、役に立っているという実感はあります。

何を学んでいるのですか?

同じ業界にしばらくいる人は誰でもそうでしょうが、英語教育に長年携わっていると、標準的なアプローチや考え方はそれほど参考にはならなくなります。そんなことは十分考えたしやってきた。何か役に立つ、新しいことを始めるには、あまり人がやったことのない「角度」でものを見ることが必要です。そのための訓練、それが私にとっての学習です。
例えば、この部屋にはガラスがありますが、「今自分でこれを作らなければならなくなったらどうするだろう」とか。ガラスは透明で真っ平ら。昔のガラスは歪んでいましたよね。なぜ今はそうではないのか。考えてみるとその後ろには無数の試行錯誤と天才のひらめきがあったはずです。それを考えてみるのです。考えるだけなら電車を待っているときにもできる、だから私の学習には時間がいらないのです。
さんざん考えた後、気が向いたり時間があったりしたときに答えを調べて「ああ、そういうことだったのか……」と納得する——そうしたことを繰り返します。

最初から調べるわけではないんですね。

答えを知ることにそれほどの意味はありません。ガラスの職人さんになるわけではないので。さんざん悩んでから「あぁ、そうだったのか」と目を開かされる、そこに「新しいモノの見方」は宿ります。ガラスの主原料は珪砂ですが、それを溶かすところまでは素人でもわかる。なぜ表も裏も平らなのか。それがわからない。でも実は溶かした金属のプールの上に、溶けたガラスを浮かせているようなのです。これなら完全に両面平面になる。

毎回正解にたどり着いていますか?

まさか。ほとんどわからないですよ。私たちの目の前にある製品や技術は、どれも高度に洗練されたものばかりです。そうでなければ同業者によって淘汰されるはずですから。素人が見てすぐに細部がわかるものなどありません。

それでも考えることに意味があるということでしょうか?

そうです。
ああでもないこうでもない、と「角度」を変える訓練になるからです。それには「おまけ」があって、世の中が楽しくなるのです。
自分が思いも寄らないことができる人がたくさんいる。そうしたことを可能にする知識と経験の分厚い堆積がこの世界にはある。そのなかで生かされている。ありがたいなぁと嬉しくなるのです。特に日本はそういう世界ですよ。
海外に行くと、日本の「当たり前」が当たり前でないことが数多くある。しばらく前に行った国では、歩道に設置された作り付けの花壇が、歩道のタイルとズレて浮き上がっていました。ほとんどすべての花壇がそうなのです。設計か施工か、根本的に何かが間違っている。日本ではそんなことは起こりません。

ロジックを知りたい

常に探究心をもって世の中を見ているんですね!

「探究心」などといった大げさなものではありません。建物なり、製品なり、何かが存在するならそれを可能にした工夫があり、ロジック(論理)がある。それを知りたい、ごく当たり前の知識欲です。

ロジックという視点が出てきましたが、先生の講座もそういった視点でつくられているのでしょうか?

英語も、複雑ですが基本は機械と変わりません。根幹には作動原理がありシステムは論理的に動いていると考えています。そのロジックをできるだけ簡潔に伝えることが、私の仕事です。「ラジオ英会話」の内容も、毎年各部を説明する「角度」が少しずつ進歩しています。番組をお聞きになった方が「英語ってこんなにスッキリとわかりやすかったのか」と感じていただけたらいいなと。

そういう視点はいつ頃から持ちはじめたのでしょうか?

大昔からですよ。子ども時代、シャープペンの芯を見たら10分くらいじーっと眺めているような子どもだったのです。「こんなに脆いものを、どうやったらこんなに細く同じ形に成形できるのか」――その「魔法」の理由を考えていました。まぁ、端から見ればボーッとしているようにしか見えなかったでしょうが。

そういった気持ちを持って考え続けていくと、知識の蓄積ができていくのでしょうか?

基礎知識の蓄積は必要ですが、勝負はそこではありません。あらゆることをネットですぐに調べることのできる今、知識の多寡にそれほどの意味はありません。勝負は「角度」にあります。「新しいモノの見方」を学ぶことが大切なのです。
私の英語教師としての仕事も、この業界に新しい角度を提供することにあります。調べたり読んだりは何でもありません。苦しいのは合理的で役に立つ角度を探すことなのです。夜中に思いついて、そのまま朝まで考えていることはよくあります。

そのモチベーションはどこから出てくるのでしょうか?

もちろん変えなければいけないからですよ。私の目標は「日本人すべてが、望めばある程度の英語が話せる」を実現することです。みなさんご存知のように、現状はまったくそうではありません。同じことを繰り返していてもダメなのは、過去の英語教育が示しています。新しい、役に立つ「角度」を手に入れて上手に伝えることができなければ、何も変わらないのです。

人は体の動作で物事を理解している

伝わりやすい方法などはどう工夫していますか?

伝わりやすいのは、やはり比喩を使うことでしょう。中でも体や動作のたとえは大変「通り」がいいように思います。
難しい話をしている人の手が、無意識に動いているのを見たことはありませんか。あれは思考と手がリンクしているのです。思考が体の動きに助けられて進んでいると言ってもいいでしょう。関数や図形、そうした一見抽象的なことを考えているときにも私たちは身体感覚にすがっているように思います。
英語を教えるときも、私はよく体の動きで説明します。例えば、接続詞のwhenとwhileのちがいなら、whileは二つの出来事が同時に動いているので、両手を同時にひねるようにして動かしてみます。whenは出来事が起こったときを指定するので、人さし指で一点を指すように動かします。体の動きは誰もが持つ理解の共通基盤です。そこに訴えれば理解は容易になります。

英語でも数学でも、抽象的になった途端に理解できなくなる人は多いですよね。

抽象的だとは言っても、私たちは身体感覚の延長線で操作しています。複雑なことを単純な感覚に置き換えることが大切でしょう。英語の説明でそれができれば、英語で挫折する人も少なくなるにちがいありません。
『それわ英語ぢゃないだらふ』(幻冬舎)で、What's that?——That's a wine opener.と答えて「×」になった(「正解」とされていたのはIt’s a wine opener.)、という話を書きましたが、実話です。私は「英語ではitを使うことになっている」と言われてつまずきましたが、おそらく教えるほうもthatとitの区別がしっかりとついていなかったのでしょう。thatは「指す」、itは「受ける」——ただそれだけのこと。動作に置き換えて理解すれば簡単です。先の文で聞き手が「あれは缶切りですよ」ともう一度「指す」つもりでいるならthatが出てきます。時制の一致だって「主動詞が箱。従属節がその中身。箱が過去に置かれているなら中身だって、そりゃあ過去にありますよ」と聞けば誰でもわかる。そうした説明をいつも心がけています。
もちろんそんな巧い説明がすぐに湧いてくるわけではありませんし、解説の検証にも時間がかかります。とんでもなく地道な作業ですよ。

続けているとあるとき天恵が下りてくる

やっぱり最終的には地道に続ける作業が必要なんですね。

その通りです。でも私たちはそうやって進んできたのではないでしょうか。科学的理解の乏しい時代に、悩んだ末日本刀を炭で焼き入れして作った人がいた。土を部分的に乗せ、焼き入れに変化をつけて異なる物性を与えた人がいた。最初になまこを食べた。フグを安全に食べる方法を考案した。すべては、誰かが苦労して考案したのです。
私自身、苦しみながら解説を生み出したこともあります。ただ、頭を柔らかくしてモノを辛抱強く眺めていれば、ふと気がつくことがある。それを「神様のお導き」と言う人もいるでしょうが、そうした瞬間が訪れることがあります。それを巧く捉えられるように、いろいろな角度で物事を見る学習をいつもしているのです。
神様だって、「新しい見方」を受け入れない人には教えようがありませんからね。

続けることに悩む方にとって、とても勇気づけられるお話ですね…!次回は「続けることで生まれる“深さ”」について、伺いたいと思います!

【編集後記】

大西泰斗|NHKラジオ「ラジオ英会話」、NHK Eテレ「大西泰斗の英会話☆定番レシピ」講師。東洋学園大教授。『ハートで感じる英文法』『英会話 話を組み立てるパワーフレーズ 講義編』(ともにNHK出版)、『一億人の英文法』(東進ブックス)、『総合英語FACTBOOK これからの英文法』(桐原書店)、『それわ英語ぢゃないだらふ』(幻冬舎)など著書多数。

STAFF

  • Photo : Hal Kuzuya
  • Text & Edit:Wataru Kobayashi (AISA),
  • Shinsuke Sato (NHK Publishing)

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