戦前の「学び」を見てみる!

スペシャル⓵|NHKテキストクロニクル

NHK出版によるテキスト発売開始から90年&NHK英語講座を題材にした連続テレビ小説「カムカムエヴリバディ」放送に合わせ、テキストの歴史を振り返る特集〈NHKテキストクロニクル〉がスタート! NHK放送博物館でおこなわれた貴重な対談インタビューや、1930-60年代までの特徴的なテキストを取り上げた企画など、全6回でお届け。

UP DATE | 2021.10.25

第1回は、これまでのNHKテキストや語学学習の歴史を、昭和と昭和家電をこよなく愛する高校生・仲世古隆貴さんとNHK放送博物館学芸員・磯﨑咲美さんとともに振り返ります。当時のテキストやラジオ、さらに背景となる時代をたどることで、脈々とつづいてきた人々と語学の歩みを知ることができました。

仲世古隆貴(なかせこ・たかき)| テレビ朝日「サンドウィッチマン&芦田愛菜の博士ちゃん」に昭和家電博士ちゃんとして出演し話題!昭和家電をこよなく愛する高校1年生です。

磯﨑咲美(いそざき・さくみ)| NHK放送博物館学芸員。この春公開したweb版「NHKテキストクロニクル」の制作に、ご協力いただきました。

今年はNHK出版語学テキスト発売90周年という節目というだけでなく、11月から連続テレビ小説「カムカムエヴリバディ」、さらに朝ドラに連動した英語講座「ラジオで!カムカムエヴリバディ」がスタートという、まさにNHKテキストが注目される年です!そこで、NHKテキストと語学学習をもっと深掘りしようと、昭和やNHKの歴史にとても詳しいおふたりとの対談を設けました!

ラジオ放送のはじまり

磯﨑:それでは日本でラジオ本放送が始まった1925年から振り返っていきましょう。NHKの放送局は、今いる愛宕山(NHK放送博物館の所在地)にあり、ちょうどここからラジオ放送が始まったんですよ。

仲世古:歴史がはじまった場所に今いるんですね!1925年あたりのラジオだと、真空管ラジオや鉱石ラジオが主流だったんじゃないですか?

磯﨑:そうですね。初期の真空管ラジオは、高級なものでは家が一軒建つくらい高価なものもありました。それに比べると鉱石ラジオは安価だったので、一般の人はこちらで聞いていたようです。ただ鉱石ラジオはヘッドフォンで聞かなければならなかったので、みんなで集まって聞くということができませんでした。

真空管ラジオや鉱石ラジオを眺めるふたり。一番右はラッパ型のスピーカーがついた真空管ラジオ

初期の真空管ラジオはとても高級だったんですね!サイズもとても大きい!

仲世古:鉱石ラジオも当時の人にとってみれば、決して安くはなかったので、少しでも値段を抑えるために、組み立ては自分で行うキットで売られているのが一般的だったんですよ。僕もキットラジオを作ったことがありますが、意外としっかりした作りで、ぱっと見ではキットとわからないですよ。

テキストとラジオで学ぶ語学講座

ラジオ本放送開始とともに語学講座が始まったんですか?

磯﨑:そうです。ラジオ普及の目的に「教育の機会均等」がありました。日本全国どこでも聞けるラジオによって教育格差をなくそうとしたんです。特に教育の機会が失われやすい女性や子ども向けの講座が初期のころから多くありました。またラジオを聞き逃したときや、より理解を深めるために最初からテキストがセットで発行されていたんです。

ラジオとテキストで学ぶスタイルは96年も前から続いているんですね!

磯﨑:こちらがラジオ放送開始とともに始まった「英語講座」のテキストです。

仲世古:本物ですか?

磯﨑:そうです!初等科は今の中学生、中等科は今の高校生レベルです。春季、秋季、冬季に分かれていて、夏は夏休み特集だったようですね。

8月号は総復習号になる今の「基礎英語」と同じスタイルですね…!

磯﨑:初等科のほうはのちの「基礎英語」です。まだラジオとテキストで学ぶスタイルに慣れていなかった時代なので、投書には簡単すぎる、難しすぎると両極端の意見が来ていました。

ちなみにNHK出版では1931年の第2放送開始とともにテキストの出版を始めたんですよ!今、手に取っている「英語講座」のテキストは他社から出ていたので、ドイツ語とフランス語講座のテキストを発売しました。

仲世古:当時、ラジオが家にあるのは裕福な人だけですよね?英語講座を聞ける人は限られていたんじゃないですか?

磯﨑:裕福な人ほど、英語を学ぶ必要がある人たちだったのではないでしょうか。まだまだ一般の人で語学を学ぶ人は少なかったと思いますよ。

どうりでNHK出版が初めて発売したドイツ語、フランス語テキストが全然売れなかったわけですね…。そもそも英語を学んでいる人が少ないのに、ドイツ語とフランス語を学んでいる人の数はもっと少ないという話ですよね。(第2放送もまだ始まったばかりで馴染んでなかっただろうし。)

子どもも大人もラジオとテキストで

磯﨑:語学テキストだけでなく、「子供の時間」と「ラジオ体操」のテキストを見てみましょう。

仲世古:「英語講座」のテキストとは違って、とても鮮やかですね!

昭和初期のものとは思えません!

磯﨑:この時代の印刷物って、意外ときれいなんですよね。
ラジオ番組「子供の時間」のテキスト「コドモのテキスト」はビジュアルが豊富で有名作家さんが挿絵を描いていたりします。漫画や劇画タッチのものがあったり、ラジオ放送の裏側が紹介されていたりします。

子どもには難しそうな文章と仲世古さんが注目した黄色い地図

仲世古:絵もたくさん入っているけど、文章も多いですね!お母さんが子どもに読み聞かせるのかな?ここに載っているような黄色の地図って、戦後までよく見かけますね。この時代は地図の中の文字は手書きなんですけど、戦後は活字になっていることが多いです。

黄色がレトロな感じを出してますね。

磯﨑:これはラジオ体操の図解です。どうしてもラジオだけで動きを伝えるのは難しいので、テキストが必須でした。

図解を見ながらでも難しそうです…。

仲世古:前に昔のラジオ体操第3のレコードを売っているのを見たことがあるのですが、高かったです!そういえば今と歌詞や動きが違いますね。

磯﨑:ピアノがない学校のためにレコードを出していたんですよ。縄跳びを使うものや女性向けのものなど、今よりも種類が豊富だったんです。

磯﨑:ここで戦前の日本では珍しかったラジオを持ってきました。

蓋の世界地図が特徴的な舶来ラジオ

世界地図が描いてあります!

磯﨑:貿易商人など世界を旅する人がこれで各地のラジオ聞いていたんです。閉じると持ち手がついていてバッグみたいなのですが、開くと蓋がアンテナになるんです。

仲世古:パカっと開けるタイプで、首都名が書いてあるのはあまり見たことがないです。これにはプラスネジが使われているんですが、当時の日本にはマイナスネジしかありませんでした。このようなラジオが日本で作られるようになるのは戦後なので、海外のほうが技術がとても進んでいたのがわかります。舶来ラジオは1940年代後半から多く日本に入ってくるようになったので、世界を巡って戦後に日本に来たのではないでしょうか。

世界を旅してきたラジオなんて、ロマンがありますね~。

舶来ラジオの説明をする磯﨑さんと興味津々に聞く仲世古さん

番組の休止、テキストの休刊

磯﨑:戦時下になると戦況を聞くため、政府主導のような形でラジオの普及が進められます。放送内容も政府がコントロールしていたので自由に番組をつくることができませんでした。

英語講座も休止になってしまいましたよね…。職業学校や士官学校などの学校では英語の授業はずっと続けられていたみたいですが、表向きには英語は敵性語なので使用禁止になってしまいました。

磯﨑:英語講座の放送はなくなってしまいましたが、ドイツ語やイタリア語など同盟国の言語の講座は戦時中でも放送されていたようですよ。「コドモのテキスト」は廃刊になってしまい、代わりにできた「ラジオ少國民」では、戦意高揚の記事が目立つようになります。

仲世古:野球の「アウト」「セーフ」など、英語の言葉はすべて日本語に言い換えられていましたもんね。でもラジオは、「ラヂオ」表記のままだったのが不思議です。「受信機」とかでもよさそうですが…。

当時、ラジオは近所で一台くらいまで普及していたんですか?

磯﨑:もう一家に一台になっていますね。このときは、資材の節約で安く作れる放送局型ラジオが主流になっていました。

仲世古:放送局型ラジオというのは、放送局が製品の規格を決めていたので、メーカーごとに特色のある形にする自由はありませんでした。真空管や配列回路、値段まである程度放送局のほうで指定していたんです。

なんだかラジオを普及させようとする圧を感じますね。

仲世古:僕も放送局型ラジオを1台持っています。放送局型ラジオは余裕があるときには、プラスチック製のつまみや装飾があったりしました。しかし戦況が悪化してくると、つまみも木になり、スピーカーのフレームも金属ではなく紙で作られるようになったんですよ。

紙?!戦前のラジオに比べると、装飾が少なくてただの木の箱という感じですね。

仲世古:これ以上何もできないんだなという感じが伝わってきますよね。

戦時中は、紙の供給も配給制になったり、空襲の影響があったりとテキストや書籍を作るのにはかなり苦労したようです。何より放送開始当初からの幅広いジャンルの番組が休止になってしまったのが、とても残念ですね。

戦時中の放送局型ラジオ。ほとんど金属は使われていない。

ラジオとテキストで学習するスタイルは、なんと96年も前から続いていました。戦前の多種多様な形やサイズのラジオと鮮やかなテキスト。それとは対照的な戦時中の画一的なラジオと制限された番組。第1回は激動の時代を振り返りましたが、第2回は、英語解禁とともに訪れた戦後の英語ブームから始まります。11月からの連続テレビ小説「カムカムエヴリバディ」に登場する平川唯一先生の「英語会話」からテレビ本放送の開始まで。もちろん当時のテキスト、テレビ、さらには仲世古さんも初めて見る珍しい機材も登場します。対談後編は、11月26日公開予定です。

OTHER CHRONICLE

【編集後記】

NHKテキストの90年の歩みがわかるスペシャルサイトをご用意しました。
進化していく勉強のスタイルについて、ぜひご覧ください。
https://www.nhk-book.co.jp/pr/text/chronicle.html

STAFF

  • Photo : Chihaya Kaminokawa
  • Edit:Anna Matsuzaki(NHK Publishing)

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