戦後の「学び」を見てみる!

スペシャル④|NHKテキストクロニクル

NHK出版によるテキスト発売開始から90年&NHK英語講座を題材にした連続テレビ小説「カムカムエヴリバディ」放送に合わせ、テキストの歴史を振り返る特集〈NHKテキストクロニクル〉がスタート! NHK放送博物館でおこなわれた貴重な対談インタビューや、1930-60年代までの特徴的なテキストを取り上げた企画など、全6回でお届け。

UP DATE | 2021.11.26

NHKテキストや語学学習の歴史を、昭和と昭和家電をこよなく愛する高校生・仲世古隆貴さんとNHK放送博物館学芸員・磯﨑咲美さんとともに振り返る特別企画・後編です。当時のテキストやラジオ、さらに背景となる時代をたどることで、脈々とつづいてきた人々と語学の歩みを知ることができました。<前編はこちら

仲世古隆貴(なかせこ・たかき)| テレビ朝日「サンドウィッチマン&芦田愛菜の博士ちゃん」に昭和家電博士ちゃんとして出演し話題!昭和家電をこよなく愛する高校1年生です。

磯﨑咲美(いそざき・さくみ)| NHK放送博物館学芸員。この春公開したweb版「NHKテキストクロニクル」の制作に、ご協力いただきました。

第1回では、ラジオ本放送の開始から戦時中まで振り返りました。ラジオはとても高級品だったと伺って驚きましたね。戦前のテキストは、想像以上に紙や色がしっかりしていて、内容も語学、子ども向け、ラジオ体操など幅広い番組が放送されていたことを知りました。しかし戦時中となると、英語講座は休止、ラジオも紙や木が多く使われるように。ラジオとテキストから人々の生活の大きな変化を感じ取ることができたと思います。

英語ブーム、「カムカム英語」の到来

磯﨑:対談後編は、戦後から見ていきましょう!いよいよ戦争が終わり、英語が解禁されます。

戦後の英語ブームと言えば、終戦から1か月後に発売された「日米会話手帳」が360万部超の大ベストセラーになったんですよね!著者・小川菊松さんが玉音放送を聞いた直後に、企画を思いついたというのは有名なお話です。

磯﨑:後にも先にもこれほど売れた語学学習書はないんじゃないでしょうか。
NHKでも英語講座の再開は早く、1945年9月には「実用英語会話」が始まりました。さらに1946年2月に戦後の英語ブームの象徴とも言える平川唯一先生の「英語会話」が始まります。

仲世古:「カムカム英語」ですね!この講座のテーマソング「カムカムエヴリバディ」にちなんでそう呼ばれるようになったんですよね。童謡「証城寺の狸囃子」の替え歌で、僕の知り合いにもまだ歌える人いるくらい、当時は誰もが口ずさめる大ヒットソングだったと聞いています!

磯﨑:平川先生が「証城寺の狸囃子」をとても気に入って、講座のテーマソングに使用させてほしいと、作曲した中山晋平さんに直談判しに行ったそうですよ。
それでは、歴代「カムカム英語」テキストの複製版をお持ちしましたので、見てみましょう。

平川唯一先生の「英語会話」テキストNo.1~8

複製版ですが、ところどころ破れているのが見えて、ボロボロなのが伝わってきます。しかもモノクロ印刷!戦前はあんなにきれいなカラー印刷だったのに!

仲世古:1946年はまだまだ物資が足りなくて、紙も不足していた時期ですよね。1948年くらいになると段々紙の質もよくなってくるのですが…。紙が蝶々の羽くらいもろそうです。戦前の「コドモのテキスト」のほうが断然、紙の質も色もいいですね。

現役高校生の仲世古さん、英語のレベル感はどうですか?

仲世古:高校生にとっては難しくないと思いますが、当時英語になじみのない人にとってみたら相当レベルが高く感じられるのではないでしょうか。

磯﨑:今のテキストでは考えられないですが、英文にはすべてカタカナでルビがふってあって、すぐ隣には日本語訳があります。文法の解説もとても少ないので、とにかく英語に親しんでもらいたかったんだと思いますよ。

平川先生はよく講座で、赤ちゃんが言葉を覚えるようにひとまず声に出してみましょうということをおっしゃっていたそうですね。テキストがこういった構成になっているのには、そういう狙いがあるのかもしれません。

仲世古:表紙はNo.18までモノクロだったんですね。No.7「ラジオテキスト」のゴシックに似ていて、下をスパッと切り落としたようなフォントはこの時代によく見られます。僕は、No.8の看板のようなデザインが好みですね。このあたりの表紙も平川先生がつくっていたのですか?

磯﨑:初期のほうはそうなのではないでしょうか。平川先生は、番組もテキストの内容もすべて一人で考えていたそうで、お弁当を2食分もって放送局内に朝から晩までいたという逸話が残っていますし。物資不足で紙が手に入らないときは平川先生自ら、製紙会社に赴いていたそうですよ。

平川先生は全国のカムカムベイビーズ(学習者)のために、奔走されていたのですね。

仲世古:テキストの価格が、No.1は80銭で、No.2~5は60銭に値下がりしていますね。No.6以降は1円30銭と倍以上になっています。これも紙不足の影響ですか?

磯﨑:実は、No.1のテキストは4週分の内容が収録されているのですが、No.2~5は2週分だけしか収録されていないんです。だから60銭に値下がりしたように見えますが、実質は5割の値上げです。「カムカム英語」は大人気で、テキストが買えない人が続出していたようなんですね。でも紙は限られているので、2週分にすることで1冊あたりのページ数を減らし、部数を増やしていたようです。

仲世古:だからこんなに価格が変動しているんですね! No.19以降はカラー印刷になりました。

平川唯一先生の「英語会話」テキスト。No.19以降はカラーが使われるように。

カラー印刷は戦後どのくらいででてきたのでしょうか?

仲世古:戦後すぐには、あるにはありましたけど、物資不足が続いているので、カラーといっても青1色だけとかの単色だったと思います。1947年くらいからはもっとカラフルなものが出始めますね。
No.1から見比べると、だんだん生活や仕事に余裕がでてきたのが感じられます。本当に色もイラストもロゴもばらばらでおもしろい!

磯﨑:表紙の変化から長い時間が経っているように見えますが、番組が他局に移るまでのテキストなので、たったの5年くらいの間のことです。

たったの5年でこの変わりよう!人々の生活もこの表紙のように目まぐるしく変化していたのでしょうね。でもロゴもデザインも毎号変わるとなると、本屋さんで見つけるのが大変だったろうな…。

仲世古:この表紙のデザインでメモ帳とかあったら買いたいです!

それはかわいいですね! 仲世古さんからすてきなアイデアをいただいちゃいました。

カラー印刷のテキスト。毎号ポップなイラストの表紙。

テレビ本放送の開始

磯﨑:1950年に放送法が施行されたと同時に民放ができて、番組の幅もぐっと広がりました。1952~54年は、ラジオの黄金時代と言われています。NHKでは、ラジオドラマ「君の名は」が大ヒットしたりしましたね。そして1953年からついにテレビの放送が始まります。テレビは、ラジオからずいぶん遅れてできたものだと思っていませんか?実はテレビの実験は戦前から盛んで、1926年には高柳健次郎博士が世界で初めてブラウン管を使った映像表示に成功しているんです。

1926年って、ラジオ本放送が始まった次の年ですよね?この2つにあまり差はなかったんですね!

磯﨑:そうなんです。日本は1940年に開催される予定だった東京オリンピックに向けて、世界でも1位、2位を争うほどテレビの研究が進んでいました。しかし戦争によってテレビの研究は中止されてしまったんです。これらは、テレビ放送実験時代のテレビです。海外製ですね。

こんなに大きいんですか?!

仲世古:ブラウン管が長くて、縦型じゃないと収まらないんです。画面は上向きなので、鏡で反射させて見るんですよ。技術が進むとブラウン管が短くなるので、僕たちが知っているような箱型のブラウン管テレビの形になっていきます。

実験時代のカメラとテレビ。右から2番目のテレビが、鏡で反射させる縦型のブラウン管テレビ

ラジオは戦時下の必須家電となり、値段や規格を揃えて普及させていましたが、テレビはどうだったんですか?

磯﨑:受信契約第1号のテレビは、大卒初任給が9000円の時代に28万円でした。

何年貯金したら買えるんだろう……?

磯﨑:テレビは高嶺の花だったんですよ。簡単に手が出るものではないので、街頭や銭湯、喫茶店にあって、みんなで見ていました。

仲世古:爆発的にテレビが売れた2つの時期があります。それが、1959年の平成天皇ご成婚パレードと1964年の東京オリンピックです。昭和家電を探していると、この2つのイベントの1、2年前に製造されたテレビがよく出てきます。各メーカーがプラスチック製の普及型と呼ばれるモデルを開発し、競争が激しかったみたいです。

磯﨑:ラジオの黄金時代にテレビ放送も始まり、ラジオでやっている番組をテレビでも放送するということがありました。1959年にはNHK教育テレビの放送も開始しましたね。

同時にテレビ語学講座も始まりました!1959年のテレビ「英語会話」テキストを見てみたのですが、イラストや写真はなく、英語がぎっしりでびっくりしました。今のテレビ語学講座のテキストは、現地写真やイラストがたくさん使われていて、読んでいて楽しいですよね。

仲世古:オリンピックが始まる前の1960年には、カラーテレビの本放送も始まります。カラーテレビもメーカーごとに家具調で高級感を出したり、価格を安くしたりがんばっていました。カラー放送は、画面の右下に「カラー」って入るんですよね。「ひょっこりひょうたん島」にも入っているのを見たことがあります。

放送技術の進歩

磯﨑:このころから録音・録画の技術も上がってきます。仲世古さんがぜひ見たいとおっしゃっていた、「デンスケ」を持ってきましたよ。「デンスケ」とは、1950年代に登場した持ち運び可能なテープレコーダーです。持ち運び可能といってもかなり大きいのですが。これは、ラジオ番組「街頭録音」の名物インタビュアーだった藤倉修一さんが使用したもので、「デンスケ」と呼ばれる由来になった1台です。試作品として作ったらしく、メーカーのロゴは入っていません。

デンスケと隠し撮り用マイク。

仲世古:今までにいくつかデンスケを見てきたのですが、これは初めて出会いました!
後ろの穴には蓄音機のパーツを使っているようですね。デンスケは初め、蓄音機を改造して作っていたと聞いたことがあります。

磯﨑:これは隠し撮り用のマイクです。袖に通して録音します。

仲世古:だからこんなに小さいのか!普通のマイクはもっと大きくて、NHKのロゴが入っていますよね。

マイクを隠しても、こんなに大きな本体を背負っていたらばれそうですが……。(そもそもこの機械が知られていないので大丈夫だったそう。)

磯﨑:録画のほうは、番組制作費よりもテープのほうが高いので、テープを使いまわして上書きしていたんです。

仲世古:だからその当時の番組って、最終回だけしか残っていないんですよ。今からするともったいない……。

磯﨑:ラジオ語学講座では、聞き逃しは放送開始当初から課題でしたし、何度もリピートして聞きたいという需要の高まりに応えて、1961年に「ソノテキスト」が登場しました。「ソノシート」というレコードのような形の録音盤がついたテキストで、これにより何度も再生して学習ができるようになりました。

仲世古さんは今日、ソノテキストを持ってきてくださったんですよね!

仲世古:松本亨先生の「英語会話」のソノテキストです。1964年9月号には、翌月に開催される東京オリンピックの例文も載っています!

ソノシートってふにゃふにゃしていて独特の触り心地ですよね。これに音声が入っているのが不思議です。ソノシートから、カセット、CDと音声教材は移り変わっていき、今はアプリ。もはや形ないものになりました。

仲世古さんが持ってきてくださった「英語会話」ソノテキスト

貴重な資料を見せていただきながら、ラジオからテレビ本放送の開始まで振り返ってきました。放送技術の目覚ましい進歩と学習者に寄り添い変わらぬテキスト。対照的なこの2つがいつの時代も人々の学びを支えてきたのですね。仲世古さん、磯﨑さん、今日は有意義な時間をありがとうございました!

仲世古さんと磯﨑さん。ラジオやテレビを背景に。

OTHER CHRONICLE

【編集後記】

NHKテキストの90年の歩みがわかるスペシャルサイトをご用意しました。
進化していく勉強のスタイルについて、ぜひご覧ください。
https://www.nhk-book.co.jp/pr/text/chronicle.html

STAFF

  • Photo:Chihaya Kaminokawa
  • Edit:Anna Matsuzaki(NHK Publishing)

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