そこにはただ山がある。
それだけなのにふんわりとした大きな気持ちになる。そんな毎日を過ごすことができた。
宮崎では綾の照葉樹林に遊びに行った。
杉の植林が進む前、そのあたりには照葉樹でできた森や山がたくさんあったというが、昔のまま保存されているのはそのあたりだけだった。葉がきらきら光って緑がこんもりとした懐かしい雰囲気の山の中を歩いていたらすがすがしい気持ちでいっぱいになった。
元々父方の実家が天草にあったせいなのか、九州の風景を見るととにかく血が騒ぐ。
光が強く南方系の植物が生き生きと伸びてあちこちにちりばめられた森や町並み。そしてやはり、昔のままの力を持って連なる美しい山々よ!
ふだんはハワイに住んでいてなかなか会えない友だちとうちの息子の三人で九州をドライブしながら、何回もこの言葉を口にした。
「見て、あの山の色。この光の具合。きれいすぎる!」
ハワイにだって山はたくさんある。マウナケアやハレアカラがそびえたち人々は同じように敬意を持って見上げている。悪名高いワイキキにだってすばらしいダイヤモンドヘッドがある。特別な色と形でいつでもそこに存在している。
でも、日本のおにぎりっぽい山にしかない魅力というものも確かにある。
いろいろな形の山が小さくぎゅっとつまって存在している九州の様々な連山の景色には特別かわいらしいなにかがあった。そこに午後から夕方の刻々と変わっていく光があたって、いろいろな表情を見せる。魅せられているうちに魔法みたいに時間はどんどん過ぎていった。
泊まった宿の露天風呂から由布岳がほんのちょっとしか見えなかったので、にわか山マニアの私たちは悔しくて山の見える露天風呂を探し、わざわざ立ち寄り湯に入りに行こうと決めた。
ホテルや旅館の人たちはたいてい宿泊客以外にはしぶい顔をするものだが、電話してみたらそのホテルの人たちは拍子抜けするほど優しかった。
「三時からは宿泊客専用になるけど、その前だったらいつでも何人でもどんどんいらしてください、予約は必要ありません」
あまりの大らかさにびっくりして行ってみたら、理由がよくわかった。
お風呂がべらぼうに広かったのだ。パンフレットを見たら百五十畳分あるそうだ。そう聞いても大きさはぴんと来ないのだが、とにかく風呂がまるで池みたいに広がっていた。そしてその向こうにはど〜んと由布岳があった。
午後の光に照らされて生き生きと遠く輝くその姿は美しかった。
夢が叶ったとばかり、私たちは裸で走っていって飛び込まんばかりの勢いで山に近いあたりにつかっていたのだが、ふと気がついてみるとだれもが露天風呂の入り口ふきんの部分につかっているか、そのすぐ後ろのベンチに座っている。