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概要

『護られなかった者たちへ』待望の続編! 東日本大震災によって引かれたさまざまな“境界線”が導く真実とは? 著者渾身の社会派ミステリー小説。

10 一 生者と死者 蓮田に言われるまでもない。好き好んで家族の死体と対面したい者などいない。それでもあの日、残された者たちが家族の亡なき骸がらを捜し求めたのは、死者への供養と自身へのけじめが必要だったからに相違ない。「免許証から身元が割れたという話だが、現物は見たのか」「まだです。現物は気仙沼署の人間が管理しています」「七年間の空白もそうだが、それよりもどうしてここで女房が死んでいたかだ」 努めて平静に振る舞おうとしたが、成功しているかどうかは心許ない。「気仙沼署ではまだ事故とも事件とも判断していないんだったな。つまり目立った外傷はなかったということか」「わたしが何を言っても憶測にしかなりません」 話していて気がつく。諫いさめる立場と諫められる立場が逆転している。 焦れる気持ちを抑えて待っていると、やがてテントの中からのそりと男が出てきた。「ご無沙汰しております、笘篠さん」 顔を出したのは気仙沼署時代の同僚だった一いちノの瀬せだ。自宅が流されるのをモニターで目撃した際、隣にいた人間で、一ノ瀬自身も津波被害で両親を失っている。だからだろうか、蓮田のように何を言おうか迷っている気配はなかった。「検視が終わりました。ご家族の確認をお願いします」 いささか事務的な口調は却かえって有難い。「わたしはここで待っていますから」