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概要

『護られなかった者たちへ』待望の続編! 東日本大震災によって引かれたさまざまな“境界線”が導く真実とは? 著者渾身の社会派ミステリー小説。

11 監視役にも拘かかわらず愁嘆場に付き合うまでの覚悟はないらしいが、これもこれで有難い。 テントの中では唐沢が手袋を脱いでいた。その足元にはシーツに覆われた死体が横たわっている。「お待たせしました」「いえ」「まず直接の死因ですが」「すみません、検視官。先にホトケを確認させてください」「ああ、いつもの癖で。失礼しました。どうぞ」 唐沢が一歩退いたのは遺族に対する礼儀だった。普段、笘篠が捜査員として遺体を検分する際はそんな配慮をしない男だ。 笘篠は死体の傍らに膝をつき、ゆっくりとシーツを?は がす。 途端に笘篠は奇異な感に打たれる。 裸に?む かれた死体に目立った外傷は見当たらない。死後硬直は発現しているものの、死斑がまだ広がっていないために元々の肌色も分かる。中肉中背、年齢は三十代後半といったところか。 何より問題なのは顔だ。 奈津美とは似ても似つかない別人だった。「先生、違います。これは妻ではありません」 唐沢の反応も見ものだった。えっとひと声呻うめいてから、まじまじと笘篠を見つめる。「本当ですか」