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概要

『護られなかった者たちへ』待望の続編! 東日本大震災によって引かれたさまざまな“境界線”が導く真実とは? 著者渾身の社会派ミステリー小説。

12 一 生者と死者「いくら何でも、女房の顔を間違えたりはしませんよ」「しかし事前の報告では、所持していた免許証の氏名も住所もあなたから聞いたままだと一ノ瀬さんが」 死体の主が奈津美でなかったことに安堵し、同時に落胆した。矛盾した感情が違和感なく同居するのは、震災被害者遺族以外には理解が難しいだろう。「改めて検視結果を教えてくれませんか」「死体は三十代女性。免許証記載の生年月日を信じるなら三十八歳だが、あなたの申告を聞いた後では信憑性に欠けるので年齢は特定しないでおこう。直腸温度から死亡推定時刻は昨日二十八日の午後十時から十二時までの間、体表面に外傷はなし。眼結膜に溢いっ血けつ点て んなし。ただ、本人の死体の近くには、中身の半分残ったオレンジジュースのペットボトルと市販薬の包装シートが落ちていたことから、中毒死の疑いがある。気仙沼署には司法解剖が必要だと報告しました」「市販薬。そんなもので簡単に死ねるんですか」 唐沢は誰もが知っている鎮痛剤の名前を口にした。「100mlも服めば致死量。ジュースと混ぜれば飲みやすくなる。最近、じわじわと増えてきた事例です。自殺未遂者の話によると、ネットで楽に死ねる自殺方法として紹介されていたらしい」「この女性も自殺でしょうか」「それは何とも。いずれにしても司法解剖の結果を待ちたいですね」 必要なことだけ訊き き終えると、笘篠はテントの外で待機していた一ノ瀬を捕まえた。死体は奈津美とは別人だと伝えると、一ノ瀬も大層驚いた様子だった。