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概要

『護られなかった者たちへ』待望の続編! 東日本大震災によって引かれたさまざまな“境界線”が導く真実とは? 著者渾身の社会派ミステリー小説。

18 一 生者と死者あるからだと笘篠は考える。誰もが肌で感じているにも拘わらず、誰もが口に出そうとしない差異が歴然と存在する。 災いは公平ではない。あれだけ大規模な災害であっても、被災した者と免れた者がいる。多くのものを失った者と何も失わなかった者がいる。優越感と劣等感、同情と失意、安堵と嫉妬、両者には立場を異にした精神的な対立がある。改めて口にしないのは東北人ならではの我慢強さと礼節が機能しているからに過ぎない。 人為では避けられなかった悲劇だったから、失うものがなかった者は失った者に罪悪感がある。被害を免れたことに引け目を感じる。不合理で意味のない配慮だが、だからこそ人間らしい弱さとも言える。 石動の自宅マンションは仙台市内にあって、地震の直接被害もなければ家族の被災もなかった。被害に遭わなかったのはただ運がよかっただけだ。しかし彼の部下に被災者が少なくなかったため、震災当時は捜査員との接触に難渋していたのが傍目にも明らかだった。「くれぐれも優先順位を間違えないでくれ」 最後に釘を刺すのも忘れない。人情を垣間見せながら組織の論理を決して蔑ないがしろにはしない。こうした頑なさも笘篠は嫌いではなかった。「一課に迷惑をかけるような真似はしませんよ」 笘篠もまた組織の論理で報告を締める。形式には形式で返すのが礼儀だからだ。 二日後、一ノ瀬から電話連絡がきた。