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概要

『護られなかった者たちへ』待望の続編! 東日本大震災によって引かれたさまざまな“境界線”が導く真実とは? 著者渾身の社会派ミステリー小説。

2 一 生者と死者味がある。気仙沼市の人間、延ひ いては東北人がいったん折れた心を修復するためには必要なプライドだった。 魚市場の食堂で早めの朝食をとった穂村は海岸に向かう。遠洋から戻った時のお定き まりのコースだ。 中華料理店、居酒屋、理容店といった急ごしらえの建物がぽつぽつと点在し、隙間からは海岸を見通せる。建物のない場所は全て更地になっていて遮るものが何もないからだ。 以前、ここはちょっとした商店街だった。漁師目当ての居酒屋が並び、夜ともなれば酔った男たちの声が往来まで洩れていたものだ。 かつての賑わいも今はない。地元の頑張りがあるものの、かつての姿を知る者には喪失感だけが募る。更地には重機の姿すらなく、復興という言葉も空しく風に消える。震災直後は市内中心部のホテルや旅館は長期滞在する工事関係者で常に満室状態だったが、オリンピック開催に向けて東京に引き抜かれ、閑古鳥が鳴くようになった。 いったい何が復興かと思う。失った町と失った暮らしを元に戻すよりスポーツの祭典が大事なら、事ある毎に為政者が口にする復興とはただの言葉遊びではないか。 穂村は地元の人間ではないが、この荒涼とした風景を眺めていると切なさと憤りに襲われる。わざわざ不快な思いをしなくてもいいと分かっているものの、気仙沼漁港に食わせてもらっている身なら無視してはいけない痛みのような気がする。 住まう者も道路を行き来する者もなく、この時間は人の姿を見ることがない。穂村はまるで朽ち果てた惑星に取り残されたような感覚に陥る。