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概要

『護られなかった者たちへ』待望の続編! 東日本大震災によって引かれたさまざまな“境界線”が導く真実とは? 著者渾身の社会派ミステリー小説。

22 一 生者と死者「死亡時の所持金は」「財布の中には六千七百五十円残っていました」「それだけあればビジネスホテルに泊まれるだろう。ところが女は海岸を死に場所に選んだ。何故だ」 問われた一ノ瀬はしばらく考え込んでいたが、適した回答を思いつけないらしく首を振る。「それほど女心を知っている訳じゃありませんけど、たとえば本人にとって思い出の場所だったとかじゃありませんか」「女心が分からないのは一緒だな。俺もそう思う」「でも、現場周辺の訊き込みをしている最中ですが、彼女を知っている住人は今のところ皆無です」「彼女を知る人間が流されちまったのかもな」 自分で喋しゃべりながら虚しさを覚える。あの大津波が流したものは人や家屋だけではない。記憶までも奪い去ってしまったのだ。「勘なんだが、自殺した女は気仙沼に何らかの関わりがあったとしか思えない」「わたしもそう思います」「不遜な話だが、本人が何かの容疑でパクられていたらと思う」「一番確実な個人識別が警察のデータベースというのは皮肉としか言いようがありませんね」「あの辺は俺が前に住んでいた地域だ。知り合いもまだ残っている。俺が訊き込みしても構わないか」