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概要

『護られなかった者たちへ』待望の続編! 東日本大震災によって引かれたさまざまな“境界線”が導く真実とは? 著者渾身の社会派ミステリー小説。

23「駄目だと言ったところで、はいそうですかと諦める人じゃないでしょう。以前の居住者が隣近所と世間話するのを禁ずるのは難しいですよ」「すまない」 ひと言残して、笘篠は気仙沼署を出た。 まだ少しだけ時間に余裕がある。足は自おのずとかつて自分の家があった場所に向かった。 東ひがし浜は ま街道を北上し、大川を越えて観音寺を過ぎる。海岸に近づけば近づくほど、至るところに更地が目立ち始める。 気仙沼市南町。 あの日以来、すっかり足が遠のいてしまった。家族と家を失った者はそれこそ日参しているというのに、笘篠ときたら仕事の忙しさにかまけて年に一度か二度訪れるだけだった。 いや、忙しさは言い訳に過ぎない。辛い現実に向き合うのが怖かったのだ。 南町は気仙沼市の中でも特に被害が甚大だった場所の一つだ。住民たちの中にはアメリカの同時多発テロ現場に倣って、〈気仙沼グラウンドゼロ〉と名付けた者もいる。 昨年オープンしたばかりの紫神社商店街に続き、南町海岸では市が観光交流拠点として二階建ての商業施設を建設中だ。しかし海岸側は広漠と更地が並び、だだっ広い砂利の上に数台の重機がぽつねんとして見る者の心を寒々とさせる。 ここに笘篠の家があった。 民家と商店が混在し、港町ならではの賑わいがあった。決して派手ではないが、漁の獲れ高に一喜一憂する暮らしがあった。警察官である笘篠の一家も地域の空気に同化していた。