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概要

『護られなかった者たちへ』待望の続編! 東日本大震災によって引かれたさまざまな“境界線”が導く真実とは? 著者渾身の社会派ミステリー小説。

24 一 生者と死者 その家も、今は基礎から姿を消していた。 敷地の境界線すら分からぬ砂上に立ち、笘篠は寄せ来る無常感に抗していた。長らく訪れなかったこと、自分一人だけが残ってしまったことが自責の念となって重く伸し掛かる。 しばらく立ち尽くしていたが自然に膝を屈し、腰を落とした。 女房の奈津美と一人息子の健けん一いち。健一はまだ話すことすらできない幼児だった。こうして跡地の前にいると、いくら振り払っても二人の顔が瞼まぶたに浮かんで消えようとしない。 あの日の朝、交わした言葉の端々が甦よみがえる。「そろそろ写真の準備しなきゃね」 忙せわしなく目玉焼きを口に運んでいると、奈津美が話し掛けてきた。「写真。何の」「決まってるじゃない。健一の一歳記念の写真」「いちいち、そんなもの撮るのか」「当たり前。一生に一度なのよ」 面倒臭さが先にあった。元々、笘篠自身はこまめに写真を残しておく男ではない。卒業式はおろか警察官を拝命した時ですら撮らなかった。残っているといえば結婚式の写真くらいだ。「玄関先で撮るか」「何言ってるの。ちゃんとした写真屋さんに撮ってもらうの。ほら、並びにある佐藤写真館。そろそろ予約入れておかないと先約でいっぱいになっちゃう」