ブックタイトル中山七里「境界線」
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『護られなかった者たちへ』待望の続編! 東日本大震災によって引かれたさまざまな“境界線”が導く真実とは? 著者渾身の社会派ミステリー小説。
25「写真館で撮るヤツなら時間もカネもかかるだろ」「おカネはピンキリだけど、所要時間はどの価格帯も変わらないみたい。大体一時間前後だって」「今、忙しいんだ」 つい、いつもの言葉が出た。家の面倒事から逃れる時の決まり文句だった。「事件を五つも抱えている。いつ休めるか分からないし、休んでいても急に召集が掛かる。写真館で撮るなら俺抜きで撮ってくれ」 さすがに奈津美が色を成した。「子供の記念日なのよ。家族写真に父親が写っていないなんて、どんな家庭かと思われる」「警察官の家庭と言えばいい。それで大抵の人間は納得する」「他人様は関係ないでしょ」 いつもと違い、この時ばかりは奈津美も引き下がらなかった。「ただでさえ健一と触れ合う機会が少ないっていうのに、その上写真まで一緒に撮れないだなんて。母子家庭と同じじゃないの」「母子家庭でどうして専業主婦やっていられるんだ」 奈津美の表情が固まる。瞬間、禁句を口にしたと後悔したが後の祭りだった。「おカネさえウチに入れればいいと思ってるの」「そうは言っていない」 このまま話し続けていれば喧嘩になるのは目に見えていた。「家族を支えるために仕事しているんだ」