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概要

『護られなかった者たちへ』待望の続編! 東日本大震災によって引かれたさまざまな“境界線”が導く真実とは? 著者渾身の社会派ミステリー小説。

27「行ってくる」 玄関を出る時、後ろも見なかった。 それが奈津美と交わした最後の言葉だった。 ぎすぎすした言葉の応酬が最後になるなど、どうして予想がついただろう。だが笘篠は幾度も後悔した。今生の別れが捨て台ぜ り詞ふ になってしまった。言い直しは利かない。記憶からも消せない。最悪の場面が最悪の言葉で刻まれる。 最後の瞬間くらい笑えればよかった。 最後の言葉くらい穏やかであればよかった。 しかし、もう取り返しはつかない。 笘篠は不意に理解した。自分が奈津美の生存に執着している理由の一つは、あの日のやり取りを修正したいからに相違なかった。奈津美や健一との別れが、あんなかたちであることに耐えられないからだった。 茫ぼう然ぜ んと更地を眺めていると、俄に目の前が熱くなってきた。 まずい。 周りに人目はなかったものの、慌てて立ち上がって空を見上げる。 震災の日の鈍色ではなく、雲一つない青空が広がっていた。 チクショウ。 いついかなる時も自然は人の心に無関心だ。 胸まで込み上げていた思いがようやく収まると、笘篠は今来た道を引き返した。