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概要

『護られなかった者たちへ』待望の続編! 東日本大震災によって引かれたさまざまな“境界線”が導く真実とは? 著者渾身の社会派ミステリー小説。

3 人の姿、町のかたちを激変させてしまったというのに、その張本人である海は穏やかに波を立てている。漁を生なり業わいにしていると、自然は人の暮らしに無関心なのだと身体に叩たたき込まれる。海の気紛れにもすっかり慣れた。しかし海の豊ほう饒じょうさと陸の荒廃を同時に見た時、つくづく人間は矮わい小しょうな存在なのだと思い知らされる。 ふと、視界の隅に異物を捉とらえた。波打ち際に人のかたちをしたものが横たわっている。 まさか。 今でも時折この辺りの海岸には奇妙なものが漂着する。自転車、電化製品、サッカーボール、人形、家族写真。ある者は津波が奪い去ったものを少しずつ返してくれるのだと言った。中にはマネキン人形が流れ着いたこともある。あれもそうした一部なのだろうか。 穂村は海岸に降り、波打ち際に向かって歩き出す。次第にものの輪郭が明らかになってくると、穂村の足も速くなった。 長い黒髪、白いシャツに薄黄色のパンツ。うつ伏せになっているので顔は見えない。露出した肌で作り物でないことは確かだった。「おい、あんた」 呼び掛けたが返事はない。「こんなところで寝てるんじゃないよ」 屈かがんで肩を揺さぶってみるが、やはり反応はない。「おいったら」 ごろりと転がして仰向けにさせた途端、穂村はうっと洩らして腰を落とした。