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概要

『護られなかった者たちへ』待望の続編! 東日本大震災によって引かれたさまざまな“境界線”が導く真実とは? 著者渾身の社会派ミステリー小説。

4 一 生者と死者 紛れもなく女の死体だった。* ちり。 目覚まし時計がこれから鳴ろうとした寸前、伸びた手がベルを止めた。 官舎の一室で笘とま篠しの誠せ い一いち郎ろうはゆっくりと上半身を起こす。頭をひと振りすると、もうすっかり目が覚めてしまった。中年男が独り暮らしをすると生活が乱れるというのは俗説に過ぎない。自分のように規則的な生活が骨の髄まで染みている人間には単身も家族同居も関係ない。 目玉焼きと厚切りのトースト。毎朝同じメニューなのは規則正しいからではなく、ただバリエーションがないからだ。「いただきます」 応える者のいない空間に手を合わせる。毎日同じものを作っていれば料理の腕は嫌でも上がる。それでもこの舌は女房の作るものに慣らされていたのだと思い知る。 多くの被災者と同じく、笘篠も震災で家族を失っていた。当時、気仙沼に女房と長男の三人で暮らしていたが、笘篠が捜査で市街地から離れていた時刻に地面が揺れた。 地震発生とそれに続く津波。気仙沼の自宅が気になったが震災直後は警察署も対応に追われ、情報も錯綜していた。ようやく帰ってみれば家ごと家族は姿を消していた。以来、二人は行方不明のままだ。