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概要

『護られなかった者たちへ』待望の続編! 東日本大震災によって引かれたさまざまな“境界線”が導く真実とは? 著者渾身の社会派ミステリー小説。

8 一 生者と死者の身体が横たわっている。笘篠は自分でも驚くほど動揺していた。恐怖と安堵、希望と絶望、期待と失意。相反する感情がせめぎ合い、もつれ合いながら思考を乱す。 テントの前で蓮田が待っていた。笘篠の困惑を知ってか、こちらを気遣っているようだ。その姿を見て、どうして石動がただの確認に蓮田を同行させようとしたのか合点がいった。笘篠が暴走しないように監視させようとしているのだ。 舐な められたものだが、同時に見透かさせているとも思った。現に、笘篠は常時の自制心を充分に発揮できないでいる。見ていないようで実は正確に把握している。一課長の肩書は伊達ではないといったところか。「お疲れ様です」 お前の方がよほどお疲れ様だと思ったが、口には出さなかった。「電話では要領を得なかった。詳細は」「わたしも今しがた到着したばかりなんです。さっき唐から沢さわさんも到着して、やっと検視が始まったらしいです」 唐沢検視官とは顔馴染みでお互いに気心も知れている。しかし気心が知れているからといって家族を裸にされ、肌に触れられ、直腸温度を測られることに抵抗がない訳ではない。公私混同と詰なじられるかもしれないが、少なくともこの場に呼ばれたのは捜査員としてではなく死者の確認要員としてだ。 ただし検視が終わるまで唐沢の邪魔をしない程度の自制心はある。笘篠は蓮田の隣に立ち、中から声が掛かるのを待つ。