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概要

『護られなかった者たちへ』待望の続編! 東日本大震災によって引かれたさまざまな“境界線”が導く真実とは? 著者渾身の社会派ミステリー小説。

9 二人の間に重い沈黙が落ちる。蓮田はまだ若いせいもあって考えていることがすぐ顔に出る。慰めるべきか、それとも無言で過ごすべきかを必死に考えている。 だが、どうやら沈黙に耐えきれなかったようだ。「何と言えばいいのか、よく分かりません」 正直な男だと思った。「生きたまま発見できるのが一番よかったんでしょうけど」「あれから七年が経っている。それは無理な相談だ。第一、生きていたのならどうして今まで連絡を寄越さなかったのか」 まず引っ掛かっていた点はそこだった。 七年間漂流していた死骸がようやく気仙沼の海岸に戻ってきたというのなら、可能性はともかく有り得ない話ではない。死体が奈津美であることを鑑定した上で懇ろに葬ってやるだけだ。彼女の魂も浮かばれるだろうし、何より笘篠が救われる。 行方不明という言葉が居所不明ではなく遺体の在り処が不明という意味であるのは、震災被害に遭った者なら誰もが身に沁みていることだ。だが被害者遺族とマスコミは、一いち縷る の望みを託して遺体の見つからない者を行方不明者と呼ぶ。 笘篠が当惑したのは、津波に攫さらわれたはずの奈津美が文字通り行方不明だったという事実だ。未だ混乱する頭の中で、奈津美が今までどこで何をしていたのか、そして何故笘篠に一度も連絡を寄越さなかったのか、二つの疑問が大きく渦を巻いている。 生きたまま会えれば一番よかった。