ブックタイトル中山七里「境界線」
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『護られなかった者たちへ』待望の続編! 東日本大震災によって引かれたさまざまな“境界線”が導く真実とは? 著者渾身の社会派ミステリー小説。
12 一 生者と死者「悪いな、この借りは必ず」「仕事で返すって言うんでしょう。大賛成ですね。さっさとそっちの事件を解決して、通常運転に戻してください」 一ノ瀬が告げた住所は気仙沼市赤あか岩い わ杉すぎノ沢さわ、バイパス近くの雑居ビルだった。何と気仙沼署の目と鼻の先にあり、灯台下暗しとはこのことかと思う。 律儀にもビルの前で待機していた一ノ瀬と合流する。「庁舎の至近距離で風俗店の営業とは。オーナーはよほどの豪胆か、さもなきゃ大馬鹿者だな」「デリヘルといってもコンパニオンを派遣する無店舗型ですからね。このビルにあるのは事務所だけですよ」 見渡せば彼方には高校の校舎も見える。 事務所はビルの三階にあった。ドアには目立たない大きさで〈貴婦人くらぶ〉と安っぽいプレートが掲げられている。 笘篠たちを出迎えたのはオーナー兼店長の栗くり俣また友ゆう助すけという男だった。腰の低い優男で、ワイシャツ・ネクタイ姿は、どこかのサラリーマンで通りそうだった。 事務所は1LDKほどの広さで、コンパニオンの写真もなければ経験不問・高収入を謳う募集のポスターもない。事務机一台に椅子が三脚、殺風景この上ない部屋が栗俣の城だという。「震災で、勤めていた水産加工の会社が潰れちゃいましてね」 一瞬で職を失った栗俣だったが、幸いに蓄えがあったので起業を思い立ったらしい。