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概要

『護られなかった者たちへ』待望の続編! 東日本大震災によって引かれたさまざまな“境界線”が導く真実とは? 著者渾身の社会派ミステリー小説。

15 一ノ瀬の質問の主旨は説明不要だった。日常会話の中から、女の素性を示す手掛かりを探そうという目論見だ。だが、この試みは水泡に帰す。「話好きという感じはしませんでしたね。それにいったん採用が決まれば女の子は電話かメールで派遣先に向かうだけなので事務所には顔を出しませんから、話をする機会なんてほとんどなくなっちゃうんです。どんな女性かって……うーん、時々ドタキャンしたり、お客さんと小さいトラブルを起こしたりというのはありましたけど、まあこの業界では許容範囲なんで特筆すべき点じゃありませんね。できれば早く他の仕事を見つけたいという態度はありありでした。しかし、この辺りでフーゾク以上に実入りの良い仕事なんてなかなかありませんから、訳ありの人間はどうしたって辞められないんです」 奈津美の名前と住所を騙っていた女だから、シングルマザーという自己申告も怪しいものだ。 やがて質問は核心に向かう。「五月二十八日は出勤日だったんですか」「ちょっと待ってください」 栗俣は事務机の上にあるキャビネットからファイルを取り出し、ページを繰る。どうやら当日の予約を確認しているらしい。「ああ、ありました。五月二十八日は午後に二つの予約が入っていますね。二つとも終了連絡をもらっています」「最後の派遣は何時予約ですかね」「午後七時となっています。派遣先は市内のビジネスホテルですね。終了連絡は午後九時です」