ActiBookアプリアイコンActiBookアプリをダウンロード(無償)

  • Available on the Appstore
  • Available on the Google play

概要

『護られなかった者たちへ』待望の続編! 東日本大震災によって引かれたさまざまな“境界線”が導く真実とは? 著者渾身の社会派ミステリー小説。

2 一 生者と死者 公務に戻るのは義務だ。だが義務という免罪符を得て、官舎を住まいに提供されたことも手伝ってその後は南町を訪れることがなかった。「理容店を再開しているとは思いませんでした」「他にできることもないからね。それに、家も土地も人がいなけりゃ寂れるばかりだからね」 新たにプレハブを建てたり道具を揃えたりすれば、国からの援助だけでは足りないのではないか。当然の疑問が湧いたが、この手の話には慣れているのか佐古は事もなげに内情を打ち明ける。「建物が全壊して、生活必需品やら引っ越し費用の名目で二百万円ほど支給された。あとはまあ、借金だよ」 佐古は六十を過ぎているはずだ。そんな齢で新たな借金を背負ってまで南町に住み続けるには、よほどの覚悟が要る。笘篠は胸の裡うちで佐古に敬服の念を抱く。  佐古が失ったのは店舗だけではない。以前〈佐古理容店〉は夫婦で経営していた。二〇一一年三月十一日金曜日、佐古は妻を留守番に残し用事で三みっ日か町まちに出掛けていたのだが、それが夫婦の運命を決定づけた。 笘篠と佐古には妻を失くしたという共通点がある。しかし佐古の場合は、変わり果てた姿とはいうものの妻の身体が見つかっている。従って、佐古は少なくとも諦めがついている。もっとも諦めがつくのが幸いかどうかは別の問題だ。「あの後、すぐ県警本部へ異動になりました」「それは警察の非情さなのかね。それとも温情なのかね」 震災被害のあった地に留まり復興を目指すのと同等に、別の場所で新生活を始めるのも残され