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概要

『護られなかった者たちへ』待望の続編! 東日本大震災によって引かれたさまざまな“境界線”が導く真実とは? 著者渾身の社会派ミステリー小説。

20 一 生者と死者 返事は少し遅れた。『……ホテルグランディアからは照会が取れています。案の定、田中というのは偽名で、宿泊者名簿には本名を記入していました』「本名は」『荻おぎ野の雄ゆう一いち、陸りく前ぜん高たか田た 市小お友とも町在住の四十五歳です』「相手のケータイに掛けてみたのか」『それはまだです』 却かえって好都合に思えた。不明女性の実体に迫るのに他人任せでは隔かっ靴か?そう痒ようの感が残る。 一方で現在抱えている案件を放り投げる訳にはいかない。石動から頼られているのは自分への接し方で分かる。上司に阿おもねるつもりはないが、敢えて背くつもりもない。年がら年中人手不足の捜査一課において、笘篠が所轄の事件に引き摺られることは、本来すべき担当の捜査の進捗が遅れることを意味する。 ここでも公私のせめぎ合いが生じる。本来ならどちらかを犠牲にするしかないが、今回の笘篠は無理を通して道理を引っ込める方向に舵を切っている。「荻野の勤め先は判明しているか」『まだ自宅住所だけです』「朝駆けしたい。付き合ってくれないか」 返事はまたも遅れた。『……断っても、どうせ諦めてくれないですよね』