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概要

『護られなかった者たちへ』待望の続編! 東日本大震災によって引かれたさまざまな“境界線”が導く真実とは? 著者渾身の社会派ミステリー小説。

26 一 生者と死者「本名の話はしましたか」「本名って……刑事さん、風俗嬢って本名を言いたがらないのが大半ですよ。彼女たちはお客の前に出た時には風俗嬢を演じているって建前なんです」 荻野は急に風俗嬢たちを擁護し始めた。「今この時間は風俗嬢を演じているだけで、本当の自分は別の場所にいる。そうとでも念じていないと、やっていられないんです。デリヘルを散々利用している俺が言うのも何だけど、常連客だから彼女たちの気持ちも少しだけ分かる。そんな子たちが気安く本名を打ち明けると思いますか」 指摘されれば確かにその通りだと思えた。「第一、最初から源氏名を名乗っている嬢に本名を尋ねるのが非礼なことくらい、俺たちだって心得ていますよ」 遊ぶ側とサービスを提供する側の暗黙のルールという訳か。「それ以外はどんな話をしたんですか」「俺、現場の作業員をしているからあっちの体力もあるんだとか、連続で何回まで可能とか……あとは最近観た映画の話とか好きなタレントとか当たり障りのない話ですね」 笘篠は更に突っ込んだ話はしなかったのかと粘ってみたが、めぼしい証言はそれで打ち止めだった。「ナミちゃんには悪いんだけど、デリヘル嬢としては中の下ってレベルでしたね。チェンジはしないけど裏を返すほどじゃないっていうか。そういう相手なのであまり突っ込んだことを訊こう