ブックタイトル中山七里「境界線」
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『護られなかった者たちへ』待望の続編! 東日本大震災によって引かれたさまざまな“境界線”が導く真実とは? 著者渾身の社会派ミステリー小説。
28 一 生者と死者「最近はどこもかしこもデポジット(預り金)制ですからね。宿泊者名簿に虚偽記載がされても実害が少ないとなると、ホテル側もチェックに手間を掛けなくなります」「しかし〈貴婦人くらぶ〉に記録されているケータイの番号は一致している。そこから名義人を割り出すしかないな」 携帯事業会社に契約者情報を照会すること自体は容た やす 易い。相手の会社に捜査関係事項照会書を送付するだけで事足りる。問題は照会書を発行する名目だ。こればかりは事件を管轄する気仙沼署の管掌であり、笘篠には手も足も出せない。 携帯端末番号からの割り出しを口にしたのは、一ノ瀬に照会書を発行してもらうための根回しだった。 笘篠の思惑など百も承知している一ノ瀬は、こちらを軽く睨んできた。「そういう圧で人を動かすやり方は相変わらずですね」「徒手空拳だからな。圧力を行使するしかない」「ちっとはわたしの立場も考えてくれませんか。自殺で処理する案件なんですよ。それを、わたしに掘り返させるような真似をしてですね」「悪いな」「……気仙沼署で一緒に仕事をしていた時には老練な人だと思っていました。今じゃあ、すっかり老ろう獪か いになっちゃいましたね」 一ノ瀬が軽口を叩くのは了承してくれた証しるしだった。笘篠は片手を上げて感謝の意を示す。