ブックタイトル中山七里「境界線」
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『護られなかった者たちへ』待望の続編! 東日本大震災によって引かれたさまざまな“境界線”が導く真実とは? 著者渾身の社会派ミステリー小説。
5「名前を盗まれました」 笘篠の家族構成を知る佐古には打ち明けても構わないだろう。「死んだ女性は女房の名前を名乗り、住所も南町の自宅になっていたんです」「納得した」 仕事はさすがに熟練の腕だった。カミソリが肌を滑ると、空気に触れた部分から剃れているのが分かる。「死んだ女が奥さんに関係しているかどうかを探っていたって訳か」「佐古さんは、写真の女性に見覚えがあったんですか」「ないよ。全然見たことのない女だった」「証明写真は実物と印象が違って見えることも多いですよ」「客商売を舐めてもらっちゃ困る。しかも床屋なんだよ。髪型変えたくらいで人間違いなんてしないよ。あの女は、少なくとも南町に住んでいた人間じゃない。もっとも三十年間、家ン中に引き籠もっていて、一歩も外に出なかったというんなら別だけどさ」 カミソリを当てた後はアフターシェーブローションを塗り込んだ手で、剃り跡を撫でていく。大きくふにゃふにゃと柔らかい手で撫でられると、ささくれ立っていた心の角が取れたような気分になった。「ご協力ありがとうございました。あと、髭の方も」「こういうのは他人が口出しすることじゃないんだけどさ」 佐古はタオルで手を拭きながら独り言のように呟く。