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概要

『護られなかった者たちへ』待望の続編! 東日本大震災によって引かれたさまざまな“境界線”が導く真実とは? 著者渾身の社会派ミステリー小説。

7 不明女性の件は一時も頭を離れなかったが、笘篠の立場はただの協力者に過ぎない。今日も別事件の捜査で覆面パトカーを走らせながら、女性の身元について思いを巡らせる。 死体発見から一週間が過ぎようとしているのに、その身元確認は遅々として進まなかった。報道機関を通して写真を公開したが、市民からの通報は未だ一件もない。二〇一八年一月一日時点、仙台市だけの人口は106万545人、宮城県全体では231万2080人にも上る。たった一人の身元を捜し出すのは、それこそ干し草の山から針を見つけるようなものだった。 唐沢の検視で治療の痕跡が認められ、その方面からの情報提供が期待されたが、警察歯科医からの反応は未だにない。震災被害の際、カルテとの照合は個人の特定に大きく寄与したが、カルテの保管年限は最終診療日から五年となっている。不明女性の治療日がそれ以前であった場合、カルテは廃棄されている可能性が大だ。 所持品から身元を探る手立ては早々に困難が予想された。何しろ不明女性の所持品ときたら腕時計くらいのもので、ハンドバッグはもちろんスマートフォンすら見つかっていない。解剖の結果からは自殺の線が濃厚であり、自殺ならば携帯端末を含め所持品はこの世の未練とばかり、どこかに捨てたと考えられる。現在、気仙沼署の捜査員が南町周辺を捜しているが、やはり不明女性の所持品と思われるものは口紅一本見つかっていない。 携帯端末さえ発見できれば、との思いは気仙沼署の捜査員も笘篠も同じだろう。端末情報から早晩身元は割れ、関係者の話を聞ければ自殺の動機も明らかになる。昨今において携帯端末こそは個人情報の集積であり、最大の身分証明書に他ならない。言い換えれば、携帯端末の不在は途端に個人の特定を難しくする。