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概要

『護られなかった者たちへ』待望の続編! 東日本大震災によって引かれたさまざまな“境界線”が導く真実とは? 著者渾身の社会派ミステリー小説。

17「見つかりましたか」「いえ、半径十メートル内にはまだ」 先着組は何やら捜し物をしているらしい。どうせ後で詳細は知れるので慌てて訊き出すような真似はしない。 間もなくテントの中から唐沢が出てきた。「やあ、笘篠さんに蓮田さん」「おはようございます。もう検視は終わりましたか」「たった今。どうぞ中に」 先刻交わされていた会話から察するに半径十メートル以内の採取は終わったようだが、三人は歩行帯の上を歩く。死体はその先で仰向けに横たわっていた。 笘篠は合掌してからシーツを?がす。現れたのは中年男の裸体だ。「一目瞭然ですが大きな外傷は四カ所。胸部の一撃が致命傷と見て間違いないでしょう」 唐沢の指摘通り、男の胸にはわずかな血溜まりができている。既に色を失くした身体なので赤黒い部分は否応なく浮かび上がる。血の表面は乾いているが、臭気は抜けていない。鉄と肉を攪かく拌はんしたような臭いが鼻腔に飛び込んでくる。「創そう口こ うと創そう角かくの形状から凶器は片刃成傷器。正確な判断は司法解剖の結果待ちですが、創そ う洞どうは心臓に達していて直接の死因は失血死の可能性が高い。防御創は右掌に一カ所のみ。あまり争うことはなかったでしょう。死亡推定時刻は昨夜十一時から深夜一時にかけて」 創口自体は見慣れたものだったので、笘篠も特には驚かなかった。