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概要

『護られなかった者たちへ』待望の続編! 東日本大震災によって引かれたさまざまな“境界線”が導く真実とは? 著者渾身の社会派ミステリー小説。

21 不意に悪寒がした。 今までにも原形を留めない死体など何体も目にしてきた。悪寒は死体の損壊状態に対するものではない。損壊に秘められた作意が笘篠の心胆を寒からしめているのだ。 犯人はただ被害者の身元を隠そうとしているのではない。身元以外の何かを隠したがっている。「札入れの中には現金一万七千五百円が残っていました。上下の顎の粉砕と十指の切断からも物盗りの犯行とは思えません。十中八九怨えん恨こんですよ」 来宮は自分に言い聞かせているかのように、説明しながら頷く。「鋭利な刃物で心臓をひと突き。片手で防ごうとしたが敵わず、致命傷を受ける。見ず知らずの人間なら激しく抵抗するはずです。その痕跡がないのは、犯人が顔見知りの人物である証拠ですよ」 これもまた妥当な解釈だが、やはり笘篠は違和感を覚える。何がどう、という具体的な指摘ではなく、ピースの抜けたジグソーパズルを見せられているような感触だった。 一時間後、連絡を受けた〈氷室冷蔵〉の社員が駆けつけてきた。「弊社の、天野が、死体で、発見されたと」 取る物も取りあえずといった様子なのは同社で作業主任をしている室むろ伏ふ しという男だった。「そちらの社員証と運転免許証を所持していました。念のため本人かどうかを確認していただきたいのですが」 来宮からの申し出に、室伏は一も二もなく承諾する。