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概要

『護られなかった者たちへ』待望の続編! 東日本大震災によって引かれたさまざまな“境界線”が導く真実とは? 著者渾身の社会派ミステリー小説。

22 二 残された者と消えた者「予あらかじめ申し上げておきますが、被害者は鼻から下の部分を著しく損壊されています。ご注意ください」 実物の前では損壊という言葉さえ雅みやびに思える。だが、対面前に必要以上に脅す訳にもいかない。 死体の前に室伏を誘導し、来宮はシーツを鼻まで捲ってみせる。 ああ、という声が室伏の口から洩れた。「確かにウチの天野です。でも、どうしてこんな目に」「昨日、天野さんは出勤していたのですか」「午前九時に出勤して午後六時に退社しています」 会社は寮と同じく若林区上飯田にある。退社後に富沢公園に向かったとすれば時間的な空白が生じる。「天野さんに何か普段と変わったところはありませんでしたか」 さあ、と室伏は首を傾げる。本人の死体を前にして考えが纏まとまらない様子がありありと窺える。室伏が落ち着きを取り戻してから同じ質問を試みるべきだろう。「いいですか」 笘篠は二人の間に割り込んだ。「室伏さん、まず深呼吸を一つしてください」 単純だが深呼吸するだけでずいぶんと気分は変わるものだ。深く息を吐いた室伏に、笘篠はゆっくりと問い掛ける。「社員証を見ると、天野さんは二年働いているんですね」