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概要

『護られなかった者たちへ』待望の続編! 東日本大震災によって引かれたさまざまな“境界線”が導く真実とは? 著者渾身の社会派ミステリー小説。

25「早く主人と会わせてください」 愁嘆場を忌避している場合ではなくなった。笘篠は先導して志保をテントの中に誘う。「最初にお断りしておきます。ご主人の鼻から下はひどく損壊していまして」「長年連れ添った夫婦です。目を見ただけで本人かどうかの区別くらいつきます。第一、主人には顔以上に本人と分かる印があります」「身体的な特徴ですか」「足の指です。両足とも中指が親指より長くなっていて、主人の靴下はいつも真ん中から穴が開いちゃうんです」 死体の傍らに志保を座らせ、先刻と同様にシーツを鼻まで捲る。 しばらく死体の顔を見つめていた志保は、やがて首を大きく横に振った。「足の指を見せてください」 笘篠は反対側に回って足元のシーツを捲り上げる。両の裸足が露あらわになり、一同の目は中指に注がれる。 死体の両足は親指を頂点になだらかな坂を描いていた。中指は決して突出していない。「人違いです」 志保は断言した。「顔は似ても似つかないし、足の指の特徴もありません。赤の他人です」「そんな馬鹿な」 異議を申し出たのは来宮だった。