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概要

『護られなかった者たちへ』待望の続編! 東日本大震災によって引かれたさまざまな“境界線”が導く真実とは? 著者渾身の社会派ミステリー小説。

26 二 残された者と消えた者「天野さんの現住所が記載された運転免許証もあります。写真の男性はこの死体の主と同一人物です」 来宮から差し出されたビニール袋入りの免許証を見た志保は、もうすっかり落ち着きを取り戻していた。逆に笘篠たちが恐慌状態に陥っている有様だ。「免許証にあるのはウチの住所ですけど写真は全くの別人です。絶対に主人ではありません」 言葉だけでは不充分と考えたのか、志保はバッグからパスケースを取り出した。「これが天野明彦です」 無造作に差し出されたパスケースを三人の刑事が頭を寄せて覗き込む。眩しそうに笑う志保の隣でぎこちなく笑っているのは、死体とはまるで別人の男だった。「刑事さん、これはいったいどういうことですか。何が面白くて見ず知らずの人を行方不明の夫だなんて騙すんですか」「決して面白がっている訳ではありません。ご主人は震災の際、町庁舎の近くに出掛けて津波に?まれたと仰おっしゃいましたよね」 大槌町庁舎付近は津波被害が甚大であったことで注目を浴びた場所だ。当時災害対策本部を立ち上げるべく集まっていた町長以下町職員たち約六十人は津波接近の報を受けて屋上に避難しようとしたものの、結局は約二十人を残して波に攫われてしまった。同時刻に天野明彦が付近にいたとすれば被害は免れない。「当時の大槌町の惨状を鑑みれば、奥さんが悲観的になるのも無理のない話です。しかし七年が過ぎた今も失踪宣告の申し立てはされていないんですか」