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概要

『護られなかった者たちへ』待望の続編! 東日本大震災によって引かれたさまざまな“境界線”が導く真実とは? 著者渾身の社会派ミステリー小説。

5 しばらくして玄関ドアを開けたのは三十代半ばと思おぼしき人の良さそうな男だった。警察官の訪問がよほど意外だったらしく、笘篠と蓮田を見る目は困惑に揺れている。「枝野基衡はわたしですが、警察の厄介になるようなことは何もしていませんよ」「単なる訊き込みです。この女性に見覚えありませんか」 笘篠は不明女性の写真を枝野の眼前に掲げる。ポーカーフェイスが苦手なたちらしく、枝野はさっと顔色を変えた。「どうやらご存じのようですね。よろしければお話を伺いたいのですが」「玄関先ではちょっと……」 枝野がそわそわと左右を見回し出した時、家の奥から女の声が飛んできた。「あなた。警察が何の用事なのお」「ああ、知り合いの件で訊き込みに回っているらしい。少し話しているから」 後ろ手に玄関ドアを閉め、枝野は声を忍ばせる。「ご近所の手前もあります。どこかゆっくりとお話しできる場所はありませんか」「パトカーの中でよければ」「秘密が保てるのなら、どこでもいいです」 覆面パトカーなので目立たないのは幸いだった。笘篠は後部座席に枝野を誘い、蓮田と両側から挟むかたちを取る。「〈貴婦人くらぶ〉のナミという女性です。五月二十八日の午後七時から九時までの間、あなたは宿泊先のホテルイン気仙沼で彼女と会っていますよね」