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概要

『護られなかった者たちへ』待望の続編! 東日本大震災によって引かれたさまざまな“境界線”が導く真実とは? 著者渾身の社会派ミステリー小説。

11 いつにも増して空気が重いのは、被害者の素性が未だに不明であるためだ。初動捜査の遅れは事件解決にとって致命的だ。殺された人間が誰なのかさえも分からないのでは、捜査方針も立てづらい。 東雲は口数こそ少ないが思っていることがすぐ顔に出る。手掛かりの数と眉間の皺の数はいつも反比例の関係にある。「本日早朝、富沢公園で発見された男性の殺人事件について第一回目の捜査会議を行う。なお、被害男性は天野明彦なる氏名で生活していたが、家族との対面により身分を偽っていた事実が判明している。従ってこれ以降、姓名が判明するまで被害男性と称する。まず司法解剖の結果を」 立ち上がったのは来宮だった。「東北医大法医学教室に解剖を依頼しました。解剖報告書では四カ所の傷の一つ、胸部へのものが致命傷となり、出血性ショック死に至ったとの内容。凶器は片刃成傷器。防御創は一カ所のみ。胃の内容物の消化具合から、死亡推定時刻は十九日の午後十一時から翌午前一時までの間。口蓋がほぼ完全に潰され、十指が第一関節から切り落とされていますが、これらは全て本人の死亡後に行われています」 雛壇横の大型モニターには法医学教室で撮影された各部位の写真が映し出されている。既に笘篠は現場で目にしていたが、数時間経過した状態を大型モニターで見せられると、おぞましさが倍増する。居並ぶ捜査員たちは顔を顰めて映像を眺めている。「歯型と指紋を潰したのは、警察のデータベースを警戒しての隠蔽工作か」「その可能性は小さくないと思われます」